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青い空にサッカーボールが上がった。
太陽の光の中に吸い込まれていくように。
街の外れにあるその高校はクラブ活動に力を入れていて、幾つかのスポーツの強豪校として知られている。校門の表札には伊田南高等学校とある。
校門から制服姿の生徒たちがパラパラと出てくる。校庭では放課後の部活にいそしむ大勢の男女の姿が見える。
校庭の脇を歩いていた制服姿の少年の前にサッカーボールが転がってきた。
校庭のほうからジャージを着た少女が駆けてくる。
「すみませーん」
少女が遠くから少年に声をかけた。
少年は両手をポケットに突っこんだまま、靴の先でボールとチョンと浮かせ、そのまま地面に落とさずに少女のほうへふわりとボールを蹴った。ただ歩いているだけのような何気ない仕草だった。
少女は立ち止まった場所から一歩も動かずにボールを受け取った。一瞬はっとした表情になり、少年を見る。
少年は何事も無かったかのようにスタスタと歩いていった。
少女は慌ててぺこりと頭を下げると、ボールを持って部員たちがサッカーの練習をしているところまで戻った。
サッカーゴールの前ではサッカー部の生徒たちがパスからシュートの練習をしていた。ゴールの裏では数人の下級生がいてボールを拾っている。ただ。大きくけり出されたボールを拾いに行くのはマネージャーの仕事だ。
先ほどボールを拾ってきた少女が、ゴールから少し離れた位置に立つ二人の少女と合流して前方へとボールを投げた。
ボールを部員たちのほうへ投げた髪の長い子がサッカー部のマネージャーの一人、津川向日葵。もう一人は向日葵のようにすらりとした姿をしているが髪を短くしている大沢遥。そしてもう一人、子供っぽい顔立ちの鈴木優花。
「ねえねえ」
向日葵が二人に話しかける。
「ん?」
遥が向日葵を見た。
「確か去年、二組に転校してきた人いたよね?」
向日葵が言う。
「いたっけ?」
そう言いながら遥は優花を見る。
「いるいる。あまり目立たない人だけど」
「その人がどうかしたの?」
「その人、もしかしたらサッカーが上手いんじゃないかと思って」
「どんな人?」
遥が優花に尋ねる。
「いつもへらへらしている。おかっぱ頭みたいな髪型しているし」
「あ、わかった。そんな人いたね。運動神経良さそうには見えない」
「そうだね。でも、何で?」
優花が向日葵を見て言う。
「いえ、別に」
「気になるのなら吉本君に訊いてみれば? 吉本君、二組だから」
遥が言った。
「いえ、いいの」
「吉本君とは恥ずかしくて話ができない?」
「そんなことないよ」
「吉本君を見る時の目が違うじゃない」
向日葵は遥の言葉にドキッとした。そんなことは自分で考えたこともなかった。
「私だって似たような理由でマネージャーになったんだから、人のことは言えないけどね」
「えー、二人ともそんな不純な動機でマネージャーになったの?」
優花が驚いたように言う。
「何言っているの、一番動機が不純な人が。山田君とはうまくいっているの?」
「ヤダ、ばれてたの。それなりに頑張っているつもりだけど、彼、サッカーしか頭にないみたい」
「ほら、やっぱり」
「ああ」
向日葵は二人の会話を聞いて思った。私は本当にサッカーが好きだからマネージャーになったのに。
地平線に重なった太陽に照らされて、部員たちは長い影を引きずりながら走りまわっている。
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