彼女は恋をした

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 教師が黒板に英文を並べていく。一心不乱に黒板の文字をノートに書き写している者、居眠りしている者、黒板の文字お構いなしに教科書に落書きしている者、様々。  そんな生徒たちの向こう、窓の外ではグラウンドで男子たちがサッカーの授業で走りまわっている。  華麗なドリブルで相手をかわしていく吉本。ゴールエリアに入ったところで強烈なシュートを放つ。  ボールはゴール前に立つ佐良に向かって一直線に飛んでいく。  佐良はボールを腹で受け止めたあと、膝を付き咳き込む。  次もその次も、吉本のシュートは佐良の正面ばかり。  シュートを打った吉本の元に、宮下が寄ってくる。 「吉本」  吉本は宮下の言葉など耳に入らないかのよぅに黙ったままでいる。 「お前、おかしいぞ」 「おかしくはないさ」 「シュートがじゃない。気持ちが。お前の気持ちがおかしいぞ」  校舎の二階の窓から、向日葵が頬杖をしてそんな様子を眺めている。  放課後、校門から生徒たちがぞろぞろと出てくる。部活があるものたちはグランドやテニスコートに散っていく。  向日葵が制服姿で歩いていくのを見かけ、吉本が駆け寄る。 「津川」  向日葵が振り向く。 「今日は帰るのか」 「ええ」 「お前、佐良のことが好きなのか?」 「え? ・・・・・わからない」 「あいつのどこが・・・・・」  吉本はそれ以上言葉を繋げられなかった。 「好きとか、そんなんじゃない。私もよくわからない。ひとつわかっているのは、今の佐良君は本当の佐良君じゃないってこと」  吉本は黙って向日葵の横顔を見つめた。 「ごめんなさい」  向日葵は吉本の視線から逃れるように走り出した。  向日葵は壁にもたれて立っている。日はまだ高い。  賑やかに騒ぎながら学生服姿の男たちが歩いてきた。その中に佐良の姿を認めて向日葵は駆けていく。 「佐良君」  男たちの中の佐良に向かって向日葵は声をかけた。  向日葵の真剣な表情に気が付き、男たちは凍り付いたように沈黙する。  佐良も同じように黙ったまま、そこに佇んでいる。 「おい佐良、やるなー」 「頑張れよ」  佐良と一緒に歩いていた男たちは冷やかしの言葉を残して行ってしまった。 「私の話を聞いて」  佐良は思い詰めていたような顔に、ふっと笑みを浮かべる。 「わかった。この分じゃ、一生付きまとわれそうだ」  並んで二人は歩き出した。 「去年の連休の時、私、部活を休んで静岡のおじさんの家に遊びに行ったの」  歩きながら、佐良は話しをする向日葵の横顔をちらりと見る。 「おじさんはサッカーが好きで、私もおじさんの影響でサッカーが好きになった。そのおじさんが、静岡の高校のサッカーの試合を見に来ないかって誘ってくれたの。おじさんのお勧めの選手が何人かいて、その中の一人に加砂越高校の佐良って人も含まれていた。おじさんはその人が出る試合も見に連れていってくれたの」 「そうか。その時に俺を見たのか」 「そう。高校生でもこんなに上手い人がいるんだって驚いた。その時の佐良君はとても輝いているように見えた」 「何だ。知っているヤツがいたのか」  佐良は冗談とも本気ともつかない様子で言った。  二人は小さな公園に入り、佐良はブランコに腰を下ろした。小さくキイキイと音を鳴らしてブランコを漕ぎ始める。向日葵はその横に立って話した。 「でも、佐良君があの時の佐良君だってずっとわからなかった。今の佐良君は全然輝いていないから」 「それが今の俺だよ」 「違う。この前ボールを拾ってくれた時、少しだけど、昔の佐良君になった。その時、私ハッとしたもん。もしかしたら、あの人じゃないかと思った。そして名前が佐良君だと聞いた時、絶対にあの佐良君だと思った」  佐良は寂しそうに微笑んだ。 「そう。今の俺は昔の俺じゃない」 「何で? 何で輝こうとしないの? サッカーだって、私なんかより、ずっとずっと好きじゃないの?」 「サッカーはやめた」  向日葵は佐良の前に回り込むようにして立った。 「どうして?」  目の前に立つ向日葵をちらりと見て、佐良は視線を落とした。  向日葵は真剣な表情でそんな佐良を見つめる。 「付き合っている子がいた。俺はその子が大好きだった」  向日葵は佐良の隣のブランコに腰掛けた。  太陽は赤く空を染めようとしている。
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