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「だけど、インターハイの試合で負けてからかな、その子は泣きながらさようならって」
向日葵は地面を向いたまま、佐良の話を聞いている。
「放課後も、休みの日もサッカーばかりしてて、話す話題もサッカーばかり。そんな俺が寂しすぎると言った。彼女が寂しいんじゃなくて、俺が寂しすぎると言った。俺は彼女の言葉の意味がわからなかった。今でもはっきりとはわかっていないと思う。でも、大好きだった彼女を傷付けてしまったことは確かだ。そしてもう二度と元に戻すことはできなかった。と言っても、別れてすぐにこっちに転校してきたからね」
最後に佐良はそれまでの湿っぽい話の雰囲気を変えるように明るく言った。
向日葵は佐良を見た。
佐良は微笑んでいる。
「両親は向こうに残ってサッカーを続けてもいいと言ってくれた。寮があったから。だけど俺は転校を選んだ。もうサッカーをやめてしまってもいいと思った」
「じゃ、その子のために今もサッカーをやらないの?」
「あんな辛い思いはもう二度としたくないと思った。サッカーも、女の人を好きなるのもやめるつもりだった」
「でも」
「うん。彼女の事は忘れることができた。でもサッカーは忘れることができない。実は今じゃボールを蹴りたくて爆発しそうになる」
「私達は大歓迎するよ」
「今さら・・・・」
「私、輝いている佐良君をもう一度見たい」
佐良は親しげな眼で向日葵を見た。
薄暗くて向日葵は佐良のそんな表情はよく見えなかった。
佐良が立ち上がる。
「じゃあな」
向日葵もブランコから立ち上がる。
「私見てる。体育の時、いつも見ているから」
向日葵は歩いていく佐良の背中に向かって声をかけた。
佐良は振り返りもせずに歩き、街の中に消えていった。
「おはよう」
生徒たちが教室に入ってくる。
教室の隅で数人の女の子がひそひそと話をしている。
「びっくりしたよ。最初誰だかわからなかった」
「本当。意外と格好いい人だったんだ」
「何か様になっているね。どうしてかな」
そんな会話の先に佐良がいる。今までの長いおかっぱのような髪型ではなく、一年前に向日葵が見た髪を短くした佐良だった。
その佐良のところに吉本が行く。
「何かあったのか?」
吉本が話しかけた。
「ちょっと自分を変えてみようと思って」
「そうか。その方がお前らしい」
吉本はそう言って笑った。
教室の窓から向日葵が外を見ている。
校庭では男たちがサッカーボールを追って走りまわっていた。
ゴールキーパーの佐良が、向日葵のいる二階の教室を見ている。
向日葵は佐良に見えるように手を振った。
「津川!」
不意に名前を呼ばれて、向日葵は前を向く。
「ちゃんと話を聞くように」
「すみません」
向日葵は赤くなって教師に頭を下げた。
向日葵の教室を眺めていた佐良はそんな様子を見ていて、微笑む。
「おーい!」
前から声がする。
佐良が前を向く。吉本がドリブルをしてくる。
そしてシュートを放った。
ボールはコーナー隅に一直線に飛ぶ。
佐良はボールに反応して横跳びになってボールをキャッチする。
「見てろよ」
佐良はそう小さくつぶやいて立ち上がると、ボールをその場に落とし猛然とドリブルをして走り出す。
周りのクラスメイトや体育の教師は、今までと違う佐良に驚いて口をあんぐりと開けていたが、敵のチームの男たちは慌てて佐良を止めに走る。
華麗なボールさばきでボールを操りながらも、それを感じさせないスピードでグランドを駆け抜けていく佐良。
「やっぱりそれが本当のお前か」
佐良の横に吉本が走り寄ってくる。そして体をぶつけ、佐良の前に出る。
佐良はボールをチョンと浮かせた。
吉本はジャンプし、頭を伸ばしてボールに触ろうとするが、ボールにはわずかに届かない。吉本の頭を越えたボールはその背後に落ちた。
吉本の体の横をすり抜けた佐良は、再びドリブルして進んでいく。
吉本は懸命にその後を追う。
佐良は目の前に迫る相手を次々と交わしていく。
吉本はゴール前でやっと佐良に追い付き、後ろからスライディングする。
佐良は飛び上がるようにして吉本のタックルをかわし、そのまま空中で浮いたボールを蹴る。
吉本の隣に佐良が倒れ込んだ時、ボールはゴールネットを揺らしていた。
その様子を教室で見ていた向日葵が、立ち上がり、歓声を上げる。
「やったー!」
その声に、メガネをかけた若い教師は驚いて跳びあがった。
「津川! そこに立っていろ!」
「すみません」
向日葵は俯いて顔を赤らめながら立ち上がる。
しかしその顔には隠しきれない喜びの表情が広がる。
グラウンドでは吉本が佐良の背中をポンポンと叩きながら話している。
「津川に何か言われたな」
「ボールを思い切り蹴ってみたくなっただけだよ」
「サッカー部に来るか?」
「入れたらね」
「津川のことは負けたけど、サッカーじゃ負けねえから」
「津川のこと?」
「早くキーパー戻んなくていいのかよ」
「やば」
佐良は自分たちのゴールへと駆けてゆく。
未だにただ一人、体育の教師は、開いた口が塞がらずに放心したように佇んでいる。
終わり
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