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路面電車の緩々としたスピードは
俺の好みだ。非常に心地が良い。
既読をしたまま、返信をしていないという
現実から連れ出してくれるファンタジアだ。
ゴトッと音を立てながら
バス停のようなスペースに止まる。
いや、これはもう、バスだろう。
運輸省の管轄的にも
バスの分類でいい筈だ。
だが、明らかにバスなのに
路面電車として運行する。
そのエモさも、理解はできる。
そのうち、円くカーブを描いて
路面電車は堀の傍を走り始めた。
天守閣らしきものが視界に入ったとき、
俺は目を疑った。真逆、あれが。
………あのミニチュアのような?
あの天守閣が富山城だと言うのか?
その愛らしさでは、今の、俺の心の、
漣を鎮めることができそうにない。
今日は、巡り合わせが悪かった。
外食もそうだ。どれだけの有名店
凄腕のシェフ、厳選された素材でも
自分自身の状況や体調によっては、
十分に味わうことはできない。
その料理の美味しさすら、
正確に認知し、評価することが
できないということもあるだろう。
女との肉欲の共同作業もそうだし
映画なんかも同じことが言える。
つまる、つまらない、じゃない。
“今日の俺の気分に合わなかった”
そういうことでいいじゃないか。
クリエイターというのは繊細なんだ。
路面電車が一周して、富山駅に到着した。
一番早い時刻のサンダーバードで
京都に戻ることにする。富山駅で
白海老せんべい、ケロリングッズ。
乗り換えの加賀駅で、献上加賀棒茶と
圓八のあんころ餅を買うことは忘れない。
俺はまだ、既読スルーを続けている。
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