31人が本棚に入れています
本棚に追加
クッ、と舌の先で、喜多は嗤う。
「なんだよ?」
「センノスケの発音が…良すぎる」
オレが喜多より優れているものが
あるとすれば、英語の発音と数学だ。
英語に関しては、中学に入ってから
高1まで、4年連続で、夏休みに
イギリスへの短期留学をさせた
両親の方針と投資のお蔭でしかない。
玉川の、インターナショナルスクールの
生徒たちと遊び仲間にもなったが、雌も
雄も、下半身がツルツルな彼らとの交流で
磨かれたのは語学力ではなく、別の何かだ。
むしろ、磨り減らしただけかもしれない。
単なる反復では深化は生まれないようがない。
「相手の “はじめて” に拘るのは
……モテないヤツが多いんだぞ」
皿に残った最後の胡瓜をオレは手に取る。
1個目の胡瓜の味を、オレは勿論、
覚えてなどいない。今、咥えているのと
どれだけの違いがあるというのだろうか。
そんなものは無いに決まっている。
「……”3桁超え” が言うと貫禄があるな」
喜多は揶揄うように、言う。
「待て。その言い方だと、オレが
毎回毎回、数えているみたいじゃないか」
「カレンダーに、正、の字を
書いていたんじゃなかったか?」
わかってるくせに、話を膨らませてくる。
ノリツッコミというやつなのか。
関西の呪いに喜多もかかっているのか。
「そんなことしてたら “小林一茶” だろ」
烏龍茶を飲み干して、畳に寝転がる。
布団派なんだよなぁ、この部屋は。
ザリザリとした感触に頬をあてる。
己の肌に畳の模様を覚えさせる為に。
「最近、…わからなくもない」
畳に吸いこまれるはずの独り言。
「何が?」
頭の上の方で、硬質だが
包容力に充ちた声がする。
「“新品” にこだわる気持ち…あれだ。
小学生の筆箱の中身。
用意された鉛筆と消しゴム。
どうせなら、新品の消しゴムを
使いたいだろう?兄弟の使いかけじゃなくて」
オレたちは、二人とも、一人っ子だが。
オレが、オレの “はじめて” を
男に差し出したのは、去年の秋。
喜多が童貞を捨てたことを知った翌日。
他人の中に埋没し、心地よい感覚に歪んでいく、
その瞬間のオトコの顔を真正面から見たかった。
その夜は声をかけてきた男たちに
片っ端から身長を訊ねた。177cm。
喜多と同じ数字を告げてきた男と
オレは店を出た。オレの “3桁” に
オトコが混じっていることを喜多は知らない。
最初のコメントを投稿しよう!