All of I ask you

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あかりが何かを思い出したように 頭を上げて、あっと声を出した。 何があるだろうと彼女の目線の先を 追ったが、野生の自然は変わりがない。 さらに視界を上に拡げると、いつのまにか 切れ間なく雲が空を覆っていて、曇天から 薄い陽光が長い梯子のように差している。 「そこが問題の出発点か…?」 右手の指を丸めて、親指の上に顎を乗せる。 思考に集中させる癖を披露しつつ、 喜多は、即席の考察を話し始めた。 「何故だ?どうして、あかりが勝手に  中絶をしたと思いこんでいるんだ?  それに、今でも信じているんだろう?  性行為をしたことのある女性から  妊娠を告げられて、男が、真っ先に  考えるのは自分の子か、それ以外か…」 喜多の美しい横顔に見惚れたい気持ちを 抑えながら、あかりは、口早に言い募った。 「ふぅさん、私…」 喜多は左手を軽く上げて彼女を制する。 「わかってる。あかりが浮気なんて、ない」 探偵の思案顔のまま、斜め下の地面を 見つめて、喜多はそう言ったが、その瞬間、 「いや、そうじゃない。  …、が、疑われたのか?」 箱根細工の箱が組み立て終わるように 一つの命題が明瞭に浮かび上がった。 喜多は、頭の位置の低さを変えないまま、 あかりの顔を見上げた。斜め真下から 見据えてくる喜多の表情は澄んでいた。 「挙式日が決まった頃だったか…  言われたんだよな。入籍までに  自分以外を切るなら知らないまま、  無かったことにしたままにする、と」 あかりは組んでいた手をほどいて、 右手の甲を左手で押さえる動きをする。 「あの人に言われる前から、ふぅさんだって  同じ考えだった。だから、その通りにした  でしょう?入籍してからは私たち一度も…」 自分だけが見つけた森の奥の妖精のように 彼女を絶対的存在の、不可侵な対象として、 聖なる宝物として、置いておきたいのに… ()してや、今の彼女は人妻だというのに… 最初に出逢った日と同じように 喜多は、手を伸ばしてしまった。 白い頬は、ほっそりとしたようだが 掌に吸いつくような感触は数年前と 同じようになめらかで、変わりがない。 彼女の方から、男の掌に頬を押し寄せる。 離れていかないように、もっと近く、と。 「興信所に半年間依頼したって  …あとから打ち明けられました」
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