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全身の皮膚が強張るような驚きで
反射的に動いた手は、彼女の指先に
危うげに捉えられ、捕まえられた。
「今日はそんなことしてない筈、です。
教えてくれるときに
『意味がないって
わかったからもうしない。
個人の内的自由を暴くような
真似をしたと思う、悪かった』
って、謝られたの」
あかりは言い終わると、頬の近くにある
喜多の人差し指に、自分の唇で触れた。
半年間も興信所に依頼するとは…
成功している起業家はちがうな、
と費用のことに逸れていた思考が
指への刺激で元に戻る。それは喜多が
彼女に教えた “誘うための仕草” だった。
「浮気相手の子供ができた、という方が
彼にとっては良かったのかもしれないな。
あかりが罪悪感を感じて、自分の意思で
中絶をしたというストーリーになる」
もう片方の手で彼女の肩を抑えながら
捕捉された指先を引く。喜多の腕は
喜多の所有物に戻った。彼女にも
そのつもりはないのだと分かっていた。
「…だが、その可能性が低い、という
結論にたどり着いた。だから、彼は
夫に相談もせずに妻が自分たちの子供を
堕したと信じ続けている?今でも?」
そういう妄想の世界に何年間もいたら
セックスレスになるのも理解できる気がした。
喜多は再び、思案するときの姿勢をとり、
可能性という柱をギリシャ彫刻のように
建てては、回転のよい頭の中に連ねていく。
新婚匆々、妊娠した妻が
自分に相談なく中絶する。
第三者の子である可能性は低く
子自分の子だっただろう…
その心境が運ぶ将来を考えてみた。
「ふぅさん、」
新しい手掛かりを彼の女神が差し出す。
「あの人…出来たのが、本当は出来て
なかったけど、その “出来た子” が
自分以外の子だとは疑ってなかったの。
興信所も、何かを証明したいわけじゃなくて。
一緒にいないときに、私が何をしているか、
独りでいるときの過ごし方はどんななのか、
盗聴や盗撮をしたいのを我慢してる代わりに。
それで…私が “堕した子” は、正真正銘
あの人の子で……そんなことを、私が
したのは、あの人を愛してないからだと」
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