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三年生達が引退公演を終えた翌日、部活に顔を出した私達下級生の顔には、憑き物が落ちたようなさっぱりとした表情が浮かんでいた。去り行く上級生とともに、しんみりと感傷に浸るのはあくまで引退公演のその日限り。先輩の指示に盲目的に従わざるを得なかった日々は終わり、これからは自分達が好きなように、自分達らしい舞台を作り上げるのだと、希望に満ち溢れた目をキラキラと輝かせていた。
「せっかく芙美ちゃんがいるんだし、可愛い女の子が主人公になる話がいいよね」
「逆に芙美ちゃんが目茶苦茶腹黒い役とかも面白いかも」
「京香を意地悪そうなキャラクターに見せかけておいて、実際は逆っていうダブルヒロインものとか?」
「えぇー、俺にも主役やらせてよ。一人の男を女の子二人で取り合うってどう?」
「だったら祐樹より敦也君の方がハマるんじゃない?」
わいわいと二年生達は好き勝手に妄想を膨らませる。三年生がいる間、端役しか与えられて来なかった彼らにとって、今後自分がどんな役柄を掴めるかが興味の中心となる。
真っ白なキャンバスの上にそれぞれが好きな色で思い思いの形を描いていくようで、胸が踊るような興奮と、あっという間にバラバラに砕け散ってしまいそうな脆さが同居する不安定さ。
私達の代の演劇部がどうまとまっていくかは……私一人の手腕に掛かっていると言っても過言ではない。
「はいはい、雑談はその辺にして、そろそろもっと根本的なテーマやコンセプトを練りましょう。脚本や配役はそこから自然と導き出されるものだって、先輩方や先生も言ってたでしょう」
頃合いを見計らって釘を指すと、案の定白けたような空気が漂った。
そんなのは原則論でありあくまで建前だなんて、この場にいる誰もが――言った私自身ですらもわかっていた。高校演劇の配役なんて、学年の上下と人間関係によって導き出されるものが大半なんだから。
そうは言っても、最初から原理原則を無視して突っ走る程無鉄砲な部長になるつもりもない。まずはセオリー通り進めた上で、少しずつそれぞれの想いや希望を汲み取って、緩やかに中庸を目指していかないと。
「テーマとかコンセプトって言っても」
「可愛いヒロイン中心のコメディとか、正反対な二人が一人を取り合う学園モノとか、キャラから考えた方が話が膨らみやすいよね」
「早く役が決まれば、その分役作りも捗るし」
でもこの調子じゃあ、だいぶ時間がかかりそうかしら。
私が早くも弱気に囚われそうになったその時――端の方でおずおずと挙げられた手が、淀みきった空気を一変させた。
「僕は……役者は辞退します」
高柳拓実はそう言って、舞台に立つという最上級生にのみ優先的に与えられる特権を自ら放棄したのだ。
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