第二章 流産

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第二章 流産

 妊娠して10週経った頃だったろうか。  その日百合子は腹痛と共に目が覚めた。  前日に軽い出血があり、安静にしていた。  百合子は一人で病院に向かった。  診察結果を聞くために部屋に入ると、医者から流産であることが伝えられた。  初期に起こった流産のほとんどの原因が赤ちゃんの遺伝性疾患、先天性異常が原因だと聞かされた。  妊娠初期の流産は少なくないようだ。  妊娠の約15%が流産になるらしい。  「お母さんのせいではありませんよ。赤ちゃんの方の問題なのです」  医者は気を落ち着かせるようにゆっくりと説明した。  気を使っているのだろうか。  気をつかわなくていいのに。  相手が自分の元に生まれたくなかっただけですから。  当然。  自分が子供だったら自分、選ばないもの。  悲しみなど無かった。  むしろホッとした。  夫にメールをしたが返信は無かった。  それから3ヶ月ほど経って、大学時代の親友の陽子がやってきた。  陽子とは同じ大学の同じ学部で、百合子のたった1人の親友だ。  夫の講義を一緒に受けていて、夫にプロポーズされた時も彼女に相談した。  「久しぶり、百合子!」  相変わらず派手な服を着ている。  変わってないなぁと百合子は思った。  陽子は百合子と違い、派手好きな性格だったが何故か百合子とは気が合った。 「何年ぶりかな、結婚式以来だから7年?8年?」 嬉しそうに話す。  独身だった夫を合コンに誘ったのは陽子だった。 「先生、カッコいいから付き合っちゃいなよ」 夫と付き合うようになったのは陽子がきっかけだった。  懐かしいな‥ 「あ、ごめんね。そんな雰囲気じゃないよね。」  陽子は舌を出して、すまなそうに笑顔を作った。 「聞いたわよ、赤ちゃん。  残念だったわね。  気を落としたらダメよ。  まだ若いんだからまた赤ちゃん出来るわよ」 と言って、慰めてくれた。  陽子は持っていた紙袋から綺麗に包装された小箱を取り出した。 「これ、食べて元気出して」  百合子が好きなブランドのクッキー缶。  覚えてくれてたんだ陽子。 「ありがとう」と力なく言うと、それを受け取った。  陽子を居間に案内すると、部屋の内装を見ながら「素敵なお家ね」と言った。  何て事は無い、普通の建売住宅。  去年、ローンで建てた家だった。 「いいわねー。一戸建てでしょ?うちなんか賃貸よ」  陽子はまだ独身であるようだ。  百合子は陽子の事が羨ましかった。  友達も多く異性に好かれていつも話題の中心にいた。 「百合子。負けちゃダメよ。」  陽子がぽつりと言う。  「百合子の辛さは、経験した事がない私には分かってあげられないかも知れないけど、同じ女だから分かる事もあるだろうから何でも相談して。」  百合子はうなずく。  「旦那さんはなんて言ってるの?」  百合子は旦那の話をした。 「え!?そうなの? 旦那さんも酷いよね。『お前が無事ならそれでいい』くらい言えないのかな。」  陽子は優しい。  「あのさ‥」  陽子が突然話を切り出す。  「百合子に提案があるんだけど、聞いてくれる?」  意味ありげに笑う陽子。  「何?‥陽子。」   なんだろうか‥。  「犬飼ったらどうかしら?」  「犬?」  陽子の唐突な申し出に百合子はキョトンとした。  「そう。」  「なんで?」  「生き物を飼えば、赤ちゃんを失った喪失感が埋まると思うの」  陽子はさも名案とでもいう感じで言った。  陽子は勘違いをしている。  喪失感などない。  何も喪失してないのだから。  けれど不思議な事に流産と共に消えたはずの嫌悪感がまだ体に残っている。  「このままじゃ百合子、ダメになっちゃう。犬を飼えば気分転換にもなるし、赤ちゃんの代わりにはならないかも知れないけど、元気になるきっかにはなるんじゃないかなと思って」  何を言っているの。  逆よ。逆。  私、ホッとしてるの。  妊娠の重みから解放されてホッとしてるの。  だから要らない。  それに動物、嫌いだもの。  無理。  私に世話なんて出来っこない。  第一、夫がなんて言うか‥。  そう考える百合子をよそに話を続ける陽子。 「私、保護犬を飼ってる人を知ってるの。譲ってもらえそうだから百合子、飼ってみない? 私が全費用を出すし、旦那さんには私からお願いするから、ね?」  さすが親友、百合子の扱いに慣れている。  外堀が埋められて行く。  何度も断ろうとしたが、陽子の押しの強さに負けて、と言うか百合子が押しに弱いだけなのか、結局その保護犬を飼う事になった。
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