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第三話 出逢い
一週間して陽子が保護犬を連れて陽子がやって来た。
陽子が夫に百合子を元気付ける為と説得したようだ。
ただし百合子が全て面倒を見る事になった。
まあ、気に入らなかったら返せばいい。
自分から飼うと言ったわけじゃないから責任は無いし。
そんな安易な気持ちでいた。
しかしそんな安易な考えが初日から打ち砕かれる。
大きさは70センチ以上あるだろうか。
思っていたより大きい。
海外犬だろうか。
フサフサと茶色い毛並みをして、ガッチリとした風貌の犬だった。
片方の耳が千切れて無い。
前の飼い主に虐待されていたのだろう。
百合子を、ジッと見ている。
警戒してるのかこちらに寄って来ない。
「可愛いでしょ?大人しくていい子よ」
と陽子は言うが百合子は正直あまり可愛いとは思わなかった。
小型犬が来ると思っていたからだ。
飼うのに必要な道具と使い方、飼い方などの説明を受けた。
陽子は何かあったら電話してと言って帰って行った。
犬と百合子だけが取り残された。
何しているんだろ、私。
とりあえず名前付けなきゃ。
女の子というので、女の子らしい名前にするか。
思いつくまま名前を並べてみたがピンとくるものがなかった。
みんなどうやって名前をつけるんだろう。
思い切ってふざけた名前にでもするか。
それか、嫌味な名前とか。
愛される対象として‥『姫』と言うことで姫と名付けたらどうか。
「姫子」とか。「姫乃」とか。
どうせ愛情なんか持てないんだし、せめて名前だけでも愛情を込めておこう。
「ねぇ。」
呼んでみた。
しかし何の反応もなかった。
相変わらずそっぽ向いてこちらを見ようとしない。
ムッとした。
犬の前に近づき、
「あなた、今日から姫乃よ。
覚えて『姫乃』だからね。
『ヒ・メ・ノ』」
まだそっぽ向いている。
「ねぇって。聞いてよ。
私、百合子って言うの。
今日から私があなたのお世話係。
よろしくね。」
頭をポンポンと軽く叩いた瞬間、
体をビクッとさせたかと思うといきなりその手にガッと噛みついた。
「痛い!」
百合子は驚いて飛び退いた。
脅しだったのか、手の怪我も大した事がなかったが、手から血が流れた。
姫乃と名付けられたその犬はゲージに戻って威嚇するように唸っている。
百合子はティッシュで血止めをしながら舌打ちをした。
(何するのよ!私が何をしたっていうの?)
それからというもの、姫乃は百合子が近づくとゲージに戻ってしまう。
百合子も一回噛まれたので怖くてそれ以上近づけなかった。
夕飯時になったので皿に餌を乗せて床に置いたがこちらを見ようとしない。
何度も声をかけてみるが反応がない。
出来るだけ近寄って皿を置いても食べに来ない。
1時間後家事を終えて戻って来たが相変わらず皿の餌はそのまま。
餌を一粒投げつけてみる。
バシッと床に当たる。
ずっと伏せたまま。
動かない。
何度も投げつけて姫乃に当ててみる。
姫乃には当たらなかったが、目の前の床やゲージに当たった。
それでも伏せたままだった。
百合子は皿から餌を床にぶちまけた。
「悪いけどお皿洗わせてね」
普段そんな事をする百合子ではない。
何でも「はい」と素直に言う事を聞く百合子には言う事を聞かない姫乃が信じられなかった。
百合子は無言で皿を洗うとリビングのソファに横たわって仮眠を取った。
それから1時間もしないうちに、
百合子はけたたましい声で起こされた。
姫乃のいる部屋からだ。
ドアを開けて百合子は唖然とした。
部屋がまるで空き巣にでも入られたような惨状になっていた。
クッション類がボロボロになって中綿が散乱していた。
カーテンは引きちぎられてカーテンの意味を成していなかった。
カーペットが大きく捲れ上がって端に丸まっていた。
百合子のお気に入りの服が床にぐしゃぐしゃに踏まれていた。
椅子や掃除機が倒れている。
そこかしこに餌が散らばっている。
排泄物があっちこっちに散乱している。
その部屋を姫乃が吠えながら走り回っていた。
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