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第七章 運命
姫乃の病気が見つかったのはそれから数日経った日の事だった。
元気のない姫乃を病院で診てもらっていた。
先生に呼ばれて診察室に入る。
検査結果が告げれた。
姫乃は心臓の病らしい。
先天性の心奇形で、
もう長くはないらしい。
急な事だった。
「お母さんのせいではありませんよ。この子の生まれついての運命だったのかもしれません」
先生の声が遠くに聞こえた。
医者は力を尽くしてくれた。
でも、
姫乃は日に日に弱って行った。
ついに自力で起きれない状態になった。
刻一刻と近づく姫乃の運命。
何もできずに刻がだけが過ぎてゆく。
百合子は自分を責めた。
きっと私が姫乃の寿命を縮めたんだ。
もっと早く姫乃の病気に気づいていたら。
もっと早く自分の気持ちに気づいていたら。
診断の日から、百合子は姫乃のそばを離れなかった。
ある朝、突然、姫乃が苦しみ出した。
病院に電話をかけると先生が急いで家に来てくれた。
玄関で先生を迎え入れて、
姫乃の部屋のドアを開けると、
姫乃がよろよろとしながらリードを咥えて百合子の元に来た。
「姫乃!」
動けなかった姫乃が歩いてる。
笑顔で、最後の力を振り絞るように一歩一歩ゆっくりと歩いて来る。
百合子の足元まで来るとペタリと座り込み、百合子の顔をジッと見ている。
リードを咥えて、ハッハッと笑っている。
そうか、散歩。
元気になったら行こうって。
覚えていたんだね。
姫乃が頷いているように見えた。
笑顔のまま苦しそうに息をしている。
でも姫乃には座っている力もなかった。
そのまま崩れるように倒れた。
百合子は姫乃を抱きしめた。
そして、昼過ぎ、百合子の腕の中で、
姫乃は眠るように、息を引き取った。
百合子はまだ温かい姫乃の背中をゆっくりゆっくり撫でた。
「姫乃‥」
百合子の口から声が漏れた。
声が枯れている。
‥嘘よ。嘘。
こんなの酷すぎる。
姫乃の亡骸をグッと強く抱きしめる。
姫乃は幸せにならないといけないの。
愛されないといけないの。
「まだ明るいから今からでも行けるよね。1時間でいいかな。お夕飯の支度あるし。そうしようね。
ヒメちゃん可愛いから子供達に撫でられちゃうかもね。でも怖くないんだよ。
一緒に、一緒にいてあげるから‥‥これから‥ずっと‥」
百合子はグッと頬に力を入れて笑顔を作って姫乃に笑いかけた。
いつもやってる笑顔。
でも、今日は違う。
全然笑えない。
鼻の奥のツーンとした感情が頬を伝い、スカートを握りしめた手にポタポタと落ちた。
あれ?‥笑顔なのに‥
掴みかけていた小さな幸せが指の間からサラサラとこぼれていった。
なんで、行っちゃうの。
百合子には湧き上がる感情を止める事が出来なかった。
全身を震わせて泣いた。
ごめんね姫乃。
あなたに酷いことばっかり言ってた。
あれ、
あれね、
全部、
私が母親に言われていた事なんだ。
母親に言われたくなかった言葉。
その言葉にどれだけ傷ついたか分かっているはずなのに。
あなたに言ってしまった。
言葉は分からなくても酷い事言ってたくらいわかってたよね。
可愛らしいあなたの存在が疎ましかった。
そういう思う卑屈で卑しい自分が嫌だった。
私の身勝手な思い。
あなたに全部ぶつけてた。
ごめんね。
ごめんね。
百合子は体の震えが止まらなかった。
取り返しのつかない後悔が涙と共に溢れ出す。
息を吹き返してくれたら、
ずっと一緒にいたい。
だから、
戻ってきて。
姫乃。
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