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第八章 生命
ーーー
一年後。
ーーー
病院の開いた窓から桜の花びらが散るのが見えた。
百合子は病室のベットの上で、産まれたばかりの赤ん坊を抱いていた。
嫌悪感は感じなかった。
嫌悪感は、理想の母親になれない自分に対するものだったのかも知れない。
まあ、正直、
ちゃんとした母親になれるか分からない。
また嫌になるかもしれない。
私の事だからね。
夫は協力してくれると言っている。
妊娠が分かってから良くやってくれている。
あれから夫は変わった。
「名前、何にする?」
夫が聞いて来た。
百合子は赤ん坊を見つめながら
「姫乃。山本姫乃。」
「いい名前だ」
夫が言った。
そう。
きっと、そう。
この子は姫乃。
あの子だから。
絶対。
ファンタジーみたいだねと笑われるかも知れない。
でも‥。
姫乃を失った。
立ち直れないくらいの喪失感だった。
誰も埋められなかった。
この子の存在がその喪失感を埋めてくれた。
姫乃と2人で初めて一緒に寝た、
あの晩、
姫乃の耳に囁いた言葉。
「今度、生まれ変わる時は、絶対、
ママの赤ちゃんとして生まれてきてね。」
姫乃が軽く頷いたように見えた。
姫乃は約束を守ってくれた。
そう思った。
ママの子供として生まれてもいいって思ってくれたのかな‥
百合子は目を細めて我が子に声をかけた。
「おかえり、ヒメちゃん。
また、よろしくね」
春風に吹かれ、空いた窓から桜の花びらが病室に舞い込んで来た。
一枚の花びらが姫乃の頬に乗った。
そう。
姫乃の母親になれるように。
一歩づつ。
一歩づつ。
(おわり)
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