10 愛する気持ち 1

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10 愛する気持ち 1

🐯虎鉄視点です。 「やり過ぎた……、千雪!?」    身をおこすと、誰より愛しい千雪は腕の中でくったりと白い首筋を大きく仰のかせ意識を失っていた。  虎鉄は慌ててずるずると自らを引き抜くと、赤く色づいた肉襞がきゅっと絡みついてくる。思わず呻きそうになるほどの心地よさだったが、一気に引き抜くと、手早くゴムを縛って何とかその刺激に絶えた。 「ごめんな。辛かったか?」  千雪に求められたからと言って、心地よさだけをあげられたとは思えない。泣いて縋ってくる千雪に夢中で欲望をぶつけてしまったのは明白だった。 (いや……。千雪はあれから吸血を我慢してたのに、俺が誘惑して欲しがるように仕向けた。千雪が求めてくれたなんて、俺にとって都合がいい解釈すぎだな)  受験前に千雪が一度、体調を整えるためにおずおずとすまなそうに吸血を頼んできた時、虎鉄はそれを口実に千雪が断れぬことを知っていて、初めて千雪の身体を奪った。  狡いと分かっていながらどうしても千雪を手に入れたくてたまらなかったのは、野球での推薦を蹴ってまで近隣にある千雪と同じ大学に進むと決めた虎鉄から逃れるように、虎鉄に内緒で海外の大学にも書類を送っていると分かった直後だったからだろう。  実際は千雪の父のマリウスが千雪を傍に置きたくて無理やり進めようとしていた話で千雪は乗る気ではなかったのだが、勘違いした虎鉄は焦りに焦って、千雪の身体を半ば無理やりに近く奪ってしまった。  それ以来何となく距離を置かれているのは分かっていたからこそ、その関係性を変えたいと入学を契機にあれこれとアプローチをし続けていたつもりだ。しかし虎鉄自身は当の昔から自分たちは恋人同士だと思い込んでいたのだが、千雪にとってはどうも違うようであると(認めたくはなかったが)すれ違いに気がつくばかりだった。  出来れば千雪の方から虎鉄に思いを伝えて欲しい。そう思って見たものの、そもそもシャイな性格の千雪が上手く思いを伝えてこられるはずもなく、それがどうにももどかしく。虎鉄自身ももう限界を迎えている自覚はあったのだ。 「お前、俺のこと絶対好きだろ? なのになんで忘れちまうんだよ?」    吸血のタイミングでは情熱的に虎鉄への思いを口にしてくるのに、大体起きれば覚えていない。もしかしたら興奮から口走ったこと自体後悔して、告白全てを無かったことにしているのでは……と思い悩むことも多々あった。しかし千雪はそこまで器用な性格とも思えず、ただ悶々とする日々だけが続いていた。そう、小学生の時のあの日から。  涙が伝う目の端を親指の腹でぬぐってやると、まだ官能の熾火が残る赤い唇を力なく開き、声なく「はくっ」と喘ぐから色気滴るその仕草にまた兆してしまいそうになる。 (ほんと、こいつ。いつもはポメラニアンみたいにぎゃんぎゃん煩いのに、ぐったりしてると、死ぬほどエロい。目の毒すぎ。千雪、……やっぱり綺麗だな)  幼いころから見慣れたはずの幼馴染の姿だが、そのどこもかしこも純白の美貌は見飽きることはない。  喫茶店の片隅でマイカップ(虎鉄と色違いの白いタイガース柄)で珈琲を啜る何気ない横顔にすら見惚れるし、LINEで呼び出された後迎えに行けばいつでもその場の大体端っこの方の壁や柱に寄り掛かっていて、少しバツが悪そうな表情で俯いているのが、虎鉄に気がつくとはにかんだ笑顔を浮かべて小さく低めに手を上げるのを見るたび、柄にもなく胸の辺りがきゅっとなってしまう。 「久々すぎて、抑えが効かなくて、ごめんな」  先ほどの吸血で多分貧血は解消できたとは言え、その後かなり欲望のままに無体を強いてしまった自覚はある。触らずにいられぬほど愛らしいまだ薄紅色に染まったままの頬を摺り上げ、桜桃色の柔らかな唇に詫びるように口づけた。柔らかなそれに誘惑されながらも身を起こすと、未だ淫らに白い足を虎鉄に向かい開いたままだった千雪の体勢を整えてやる。  雲が動き翳ったり明るく照らされたりを繰り返す窓辺で、滑らかな千雪の身体は真珠のように円やかな光沢が目に眩しい。下生えは薄く金色で、向こうの血が混じりそれなりに長さはあるがほっそりとした千雪自身は同じ男が持つものにしては嫌に淫靡に目に映る。瞑目した表情は子どものころと変わらずに無垢で、額に張り付いた前髪をかき上げたらまた悩まし気な表情が浮かんだので、その無意識の媚態に喉をこくっと鳴らしてしまった。この身体の一部に自分の血が溶け込んでいると考えるだけで、ぞくっとする興奮が沸き起こる。  柔らかな白い太腿に日に焼けた自分の手をかけ掴み上げる刺激が視界に入り、また泥濘み緩んでいるはずの甘い身体にその身を推し進めてしまいそうな衝動にかられそうになる。 「はああああ。可愛い!! クソっ! だあああああ。我慢だ、我慢」      わしわしと頭を掻いて想いを振り切るように首を振る。いつまでも見つめて居たかったが、虎鉄は荒い息を整え、千雪の細い胴に逞しい腕を回して抱え込みながら布団にごろんと横になった。くったりとした身体は意識を手放しているのは明白で、虎鉄は汗にしっとりと濡れながらも彼特有の清潔感のある甘い香りの漂う千雪の首中で筋に唇を押しあてた。 「バイト、戻りたくねぇ」  このままずっと千雪が目覚めるまで共に微睡んでいたかった。互いに求めあった後の今ならば、素直に千雪に自分の思いのたけを伝えられる気がした。普段は何かと虎鉄と距離を置こうとしては失敗して、表情も行動もわたわたと忙しい千雪が大人しく腕の中にいる。至福のひとときに虎鉄は安らいだ気持ちになって、瞼を瞑って少し涼しくなった風から千雪を護りながら褥に横たわり考えを巡らせた。 (シーツ代えて、千雪の身体、タオル絞ってきて綺麗にしてやらないと。その辺におちてるゴムも、ティッシュで包んでゴミ箱捨てないとな。バイトから帰ってきたら、千雪を福ノ湯に入れてやろう。春先気管支炎やったもんな。風邪でも引かしたらよくない)  真裏に銭湯がある好立地の為、この古い家の狭い風呂はあまり使わずに千雪の祖父母は裏の福ノ湯の常連だった。今では虎鉄が親族にもなり、兄が趣味で作った予約制で使える黒湯の家族風呂を虎鉄は掃除の手伝いを兄と交わしていい様に使わせてもらっているのだ。 「千雪……。なあ? 今度こそ覚えていてくれてるよな? 俺の告白」  わざと千雪の頭の上に顎を載せ、返事させるようにこくっと動かすが、小さな寝息がかすかに聞こえるだけで千雪の返事を又聞けなかった。  千雪の身体を清めて布団をかけて、普段は明け放してある摺り硝子の戸をきっちりと締めた。このまま千雪をこの部屋に閉じ込めておけたらどんなにいいだろう。そんな風に思いながらまだ食事が入ったままの岡持ちを手に階段を下りていく。  二階、三階へと続く階段は、一階にある喫茶店のカウンターの内側に降りてこられる。そこには千雪の母の千秋が喫茶店の昼の営業時間がひと段落ついたようで、賄いのきのこパスタを食べているところだった。  千秋は千雪によく似た大きな目で虎鉄を一瞥すると、自らの首筋の辺りを指差して食えない美貌でにたり、と嗤う。   「色男。あんまりうちの息子いじめないでね?」 「……千雪にそっくりな顔で咎められると堪えるな」 「嘘つけ」  虎鉄は噛み痕は消えても吸われた鬱血は残っているであろう首筋を摩りながら、眉根を顰めすまなそうな素振りを見せたが、千秋は誤魔化されないぞというようにぐびっとコップの麦茶を飲み干した。 「いい加減、きちんと告白してさっさと恋人同士になりなさいよ。千雪もずっとだもだなやんでるんだから。受験失敗しなくてほんとよかったわ」 「それはすいません、だけど。……俺はとっくに千雪と生涯添い遂げるつもりでいる。覚えてないのはあいつだけだ」 「いつまで拗ねてるんだか」 「拗ねてなんてないです。バイト戻ります。バイト終わったらここきて俺らの飯作るんで、キッチン貸してください」 「ありがとう。冷蔵庫の中のものなら、なんでも好きに使っていいわよ。千雪のこと、一晩よろしくね? 私はヨガのクラス終わったらそのまま生徒さんと飲んでマンションに戻るから。」  母親ですら公認の仲だというのに……。千雪が何故未だに自分と恋人同士だと思っていないのか虎鉄には理解に苦しむところだ。 「虎鉄君」 「なんすか?」 「千雪はね、自分がヴァンパイアの力を使って貴方を虜にしてるって思い込んでるんだから、自分だけが貴方のことが大好きなのが苦しいのよ」  悩みを見透かされたような、しかし内容が内容なだけに店内を見回したが、離れた窓際にいつもの常連のお爺ちゃんが座ってうつらうつらと居眠りしているだけだったので虎鉄は息をついて千秋に向き直った。 「それ、俺。初耳ですけど。千雪は自分が魔力を封じられて持ってないこと知らないんですか?」 「うん。力を持ってないっていってない。大体自分に長いことメロメロの人がずっと傍にいるから気がついてない」 「……それは、そうかもしれないけど。どうして?」 「幼い千雪にそのこと話して、あの子が興味本位で力が欲しいって言いだして、父親とこちらから連絡とるような事したら……。マリウスは千雪に甘いんだから。きっと自分の傍に連れて行って封印解いちゃうと思ったからよ。そのせいで今までいろんな手を使って父親がわざわざここに隠してる私たちの存在が公になったら、色々ややこしいでしょ?」 「……それは」 「でも逆の相談はされたんだけどね。力を封じて、虎鉄君に本当の気持ちを伝えられたらどんなにいいかって千雪、悩んでたわよ。父さんに連絡とってみようかな、なんて。可愛い千雪を悩ます相手なんて知れたら、虎鉄君、血の一滴も残さないでこの世から消えちゃうかもね?」  子どもの頃一度だけ会ったことのある、千雪の父、マリウス。  背中を反らして見上げねば分からぬほどの堂々たる偉丈夫で、腰まである白金髪に赤い光がちらつくあの魔物じみた美貌を持つ千雪の父親の姿を思い出し、流石の虎鉄も背筋がぞくりと凍る心地になった。 「そんな事になる前に。ばかばかしい誤解、いい加減解かないとね? 前に言ったでしょ? この国で私たちが静かに暮せるように、千雪の魔力は父親が封じてる。吸血欲求だけが残った千雪が望んで受け入れられる血は、千雪が心から愛している人間。この世で私と貴方だけだって」  それが虎鉄にとっていつまでも千雪から想いを告げられるのを待ってみようと思う要因の一つになっていることは確かだ。 「千雪は本能でとっくに貴方のことを生涯の伴侶だって認めてるのに。あなたと来たら一世一代のプロポーズ忘れられて拗ねちゃって。思い出さない千雪のことをいつまでも試して苛めてる」 「苛めてません。心から、愛してます」 「ふふ。意地っ張りなところは二人ともそっくり。でもねえ。気を付けないと……。千雪が生まれた時、女の子なら十八歳になったら一族の誰かの花嫁にと望まれてもいたのよ。ハーフムーンヴァンパイアっていってね。生まれにく人間の血が半分混じる存在は稀有で、彼らにとっては魅惑的に映るらしいのよ。人間の儚さと父親譲りの絶大な魔力の両方を兼ね備えた奇跡的な存在だって。千雪に惑わされたくて、屈服させたくてたまらないのよ」 「……」 「千雪には話してないけど、マリウスにもこの間忠告されたわ。最近もね、千雪の従兄弟たちの中には未だ私たちを探しているものもいるって。そもそもヴァンパイアは長命で、子孫を残すことに執着がないから、男の子でも構わないのかもね? 私たちは普通の生活を望んで、ここに逃がされ隠されているの。それは忘れないで。千雪を手放したくないのなら、互いに強固な結びつきが大切なんだからね」 千秋に煽られ、グッと詰まった虎徹が乱暴に岡持ちをカウンターの上に置き、千雪の元へと階段に踵を返そうとしたのを見て、千秋はくすっとちょっと意地悪く笑いながら立ち上がると、子どもの頃から我が子同然に見守ってきた親友の息子に大声で呼びかけた。 「虎鉄君、大将困るから。とりあえず。バイト、戻りなさい。あなたが戻るまで、ちゃんと千雪はどこにもいかないように私が見張っててあげるからね」
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