11 愛する気持ち2

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11 愛する気持ち2

 食べ物の良い香りが漂ってきてぐーっとお腹が鳴る。目が覚めたらすでに窓の外は暗くて、商店街から聞こえる昼間の喧騒はすっかり静まったあとだった。 「起きた? 千雪。飯くうか?」  昼間の情事をまるで感じさせぬいつも通りの声色で虎鉄に誘われる。そっけない素振りでも、昼間あったことは忘れられるはずがなく。千雪は思わず自分はまだ裸ではあるまいかと身体中に手を這わすが、虎鉄の手によってしっかり部屋着のTシャツと短パンに着替えさせられていた。 「うん」  千雪はかあっと染まった頬を見られぬようにごそごそと床を這うようにしてちゃぶ台の自分が使っている座布団の上まで進んできた。そのまま胡坐をかいて、素知らぬ顔で飯を盛り付ける虎鉄の澄ました顔をちらりとみる。 「レバニラ、温めた。少し食う? それともこっちだけでも食う? お前好きだろ? ハンバーグ」    電灯の下、ちゃぶ台の上には虎鉄が作ったと思しきわかめと豆腐の味噌汁に桂花飯店で分けてもらったであろう白飯。母がつけているキュウリの浅漬けに、虎鉄の大きな手で草鞋みたいな大きさになったハンバーグが1つ。シェアできるようにドーンと大皿にのせられている。その横にはちょっとつながり気味のキャベツの千切り。店で使っているオレンジ色のドレッシングがたっぷりかかっている。 昼間食べられなかったレバニラも一緒に置かれていた。 「気分がいいから、どっちも食べられると思う」 「そうだな。大分顔色よくなった」  そういって満足げに微笑んだ虎鉄の顔に、胸の辺りがきゅんっとして同時にとても温かくなるのだ。  父親に与えられた、母と住んでいる豪奢なマンションは真夜中でも皓々とした灯りが昼間のように感じられるが、祖父の残したこの家はそれに比べて大分薄暗い。その分灯りの下に寄り添える距離の近さを千雪は気に入っている。虎鉄と向かい合い、満たされた気持ちになって千雪は優しく素直に微笑んだ。 「美味そう。ありがとう」 「食べたら、福ノ湯行こうな? 兄さんに許可とったから、家族風呂の方。その、今日。無理させたから」 「……」  千雪は急に恥ずかしくなって顔を伏せ、急にハンバーグを大きく切り取ると、いきなり照れ隠しにもぐもぐっと口に運んでむせかえる。 「おい、そんなに一気に頬張ったら!」 「ゴフっ、ゴフゴフ」 「お前、口小さいんだから!」  慌てた虎鉄が差し出したコップを手ごと掴んだら、妙にその硬く骨ばった手から昼間の記憶を思い起こし、再び虎鉄を意識してしまった。 (この手が、沢山俺のこと触って……)  千雪は涙目でむせつつ、再び顔を真っ赤に染めてしまった。 (『千雪、好きだ。一生愛してる』っていった。それって、俺のこと恋人だって認めてるってことだよね?)  そう聞きたかったけれど、急に畏まって今すぐ聞けず。虎鉄の方も何か言いたげに箸をおいたが、千雪は首をふるふると振って今度はちゃんと味噌汁の椀に手を伸ばした。 「千雪、あのさ……」 「大丈夫。冷めちゃう前に、ご飯食べよう? 虎鉄がせっかく作ってくれたんだもの。美味しく食べたい」 「そうか。分かった」  その後は2人で黙々と夕食を平らげた。食べていると空腹を満たす方が優先される若い男子のサガで、互いの食事のペースを知り尽くしているから阿吽の呼吸で平らげていく。こんな時気の置けない関係は素晴らしいと千雪はつくづく思うのだ。 (そうだよな……。付き合うとか以前にさ。俺と虎鉄はもう、家族って呼んでもいいんだって俺は思うんだ)  黙々と食べる虎鉄の顔を眺めているだけで、多幸感で満たされる。  いつでも傍にいてくれた、大切な幼馴染。今さら付き合うどうこうにこだわることなのか。お互い気持ちが通じているのならそれがどんな理由であれ、いいのではないか。心地よいこの関係をわざわざヒビを入れるようなことする必要などいいはずがない。 (でも、やっぱり。俺は、俺の気持ち、ちゃんと伝えたい) 千雪の頭の中ではいろいろと堂々巡りの中ご飯を食べ終わり、一緒に1階まで食器を運ぶと、そのまま支度していた風呂の準備を手に、勝手口から虎鉄に続いて砂利道を踏みしめながら徒歩1分の福ノ湯の内風呂にやってきた。   貸切露天風呂は、一臣こだわりの総桧作りな上、ベランダの窓を開ければ縁側から庭木と共にとても狭いが空が見える。目下近所のカップルや家族連れに大人気だ。 家族の特権で遅い時間なら早朝の掃除を請け負うことで虎鉄はここをちゃっかりかりうけることができる。 手慣れた様子で鍵を開けて中に入り込む虎鉄に続いて脱衣所に進むが、なんだか今日は妙にドキドキする。  風呂の面積を広めにとったせいで、窮屈な脱衣所。千雪の胸の鼓動がバレるのではないかというほど、身体がふれあいそうな距離で服を脱ぎ、虎徹の鎧を着こんだように筋肉質で広い背中が先に浴室に消えていくのを見守ってから、大きく深呼吸をした。 「よしっ」 体を洗う手ぬぐいを握りしめたまま、わざとのしのしと前も隠さず千雪は奥に進むと、小さな檜の椅子に虎鉄と並んで座る。そしておもむろに、間に一つきりしかついていない蛇口から桧のおけに水を張って頭から被った。 「冷てぇ! 」 「ひゃあ、ほんと冷たい」  隣で飛んできた飛沫をもろに浴びた虎鉄が大きな身体を揺らして珍しく喚いているのがしてやったりと少し爽快だ。 「千雪、なにやってんだよ。風邪ひくぞ」 今度はすかさず虎鉄に頭からお湯を被せられて、なんとなく面白くない気持ちになった千雪はまたむくれながらシャワーをグイッと押しやった。 「水でいいんだよ! 気合い入れたんだから」 「気合い?」 すくっと立ち上がり、もう一度じゃばっと下半身にもシャワーから零れて張れていたタライの水をかけ直したら千雪はベランダを開け放った。冷たい夜気が吹き込んで、桧の浴室から立ち上る蒸気と混じる。それらを一身に浴びて、千雪はまた大きく深呼吸をした。 (よし、言うんだ) すぐさま虎鉄がすっ飛んできて、その背を抱き込むようにしてきた。背中にのしかかる熱い身体はいつだって、千雪を護り愛情を注ごうとする。動作ひとつで虎徹の真心をいつだって感じてきたくせに、何を迷うことがあるのだろう。 「おい、本当に風邪ひくって」 「……虎鉄」 身をよじり、裸のまま虎鉄の胸元にぎゅっとすがれば、明らかに動揺して虎鉄の腰が引けるのを感じた。させじともっとしっかり抱きつくと、彼にしては珍しい慌てた声が頭の上から降ってくる。 「千雪、裸で、引っ付くな!」 「どうして? 自分だって抱きついてきたじゃん」 「どうしてって……。昼間無理させたし、お前に嫌われたくない」 「嫌われる?」 「こんな格好で……。我慢できなくて、俺からまた手を出したら、お前嫌がるだろ、キスひとつであんなに嫌がって……」 苦悩が滲む声、それは虎鉄の紛れもない本心なのだろう。いつもよりずっと弱気な声色に、自分の態度が実は虎徹を深く傷つけていたのではないかと千雪は初めてそう悟った。 (虎鉄、ごめん) それを今すぐ挽回したいと即、千雪は行動に移した。 「嫌じゃ、なかったよ」 千雪の細く長い腕が虎鉄の後頭部をしっかりと掴んで踵が浮くほど懸命に背伸びを試みる。ふらつきかけた腰を虎鉄のたくましい腕にしっかりと抱きとめるのを感じながら、見たよりずっと柔らかな虎鉄の唇に千雪は懸命に自分のそれを押し付けた。 技巧もなにもない。ただ押し付けるだけのそれでも精一杯で、ただ時間だけは心の全てを伝えたい一心で長かった。されるがまま虎鉄がまったく反応を示さないことに少しだけ胃のあたりがぎゅっと締め付けられたが、ゆっくり口を離すと緊張から潤んだ瞳で上目遣いに呟いた。 「虎鉄のこと、ずっと大好きだったから。だからね? 俺と付き合って。お願い」 するといつもは大抵キリッとしていている虎鉄の表情がみるみるうちに大きく歪み、それを隠すように大きな掌で覆われた。 「虎鉄。ねぇ、返事は?」 頭に手を回したまま小首を傾げると、虎鉄はさらに顔中を真っ赤にした。 「くっそ、また先越された……。お前、こんな状態で、俺を煽って……。どうなってもいいんだな?」 「えっ……」 フーフーと獣が息を着くような呻きを漏らしながら、外された手の下から除く瞳は、ぎらぎらと見たこともないような余裕のない光を湛えて千雪を見下ろしてきた。 「なになに! 怖い!」 引けた腰をおもむろに抱えあげられ、そのまま浴室に戻り、湯船に浸からせられると、お湯が全てふきとぶのではないかという勢いで 虎鉄が続いて入ってきた。 「うわっ。うぷっ!」 揺れるほど波だった湯船に足を取られてよろめくと、飛沫をもろに浴び顔を拭っていたせいで逃げきれない。そのまま虎鉄に飛びかかられ腕の中に捕まると、今度は頭を抱えられ貪るような口付けを虎徹の方から返された。 虎徹が仕掛ける普段のキスは強引であってもどこかふわふわと甘く優しかったのだと分かった。勢いに任せて歯列を割って押し入る舌は熱く深く、同時に大きな掌で尻たぶを揉みしだかれてあまりにも即物的な動きに千雪は目を丸くした。  
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