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「それなら、航太君の家にお弁当持って行こうか?」
私がそう提案すると、湊人君はパッと華やかな笑顔を見せる。
「いいの!? 航太喜ぶ……あ、たぶん洋輔も来ると思うんだけど」
「三人分ね、大丈夫だよ」
「やった、ありがと。俺頑張ってくるから」
彼はそう言って、私の頬に可愛らしいキスをしてくれる。
「じゃ、遅くなると起きられないから俺もう寝るわ」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ。穂花サン、勉強頑張ってね」
「……ありがと」
湊人君が寝室に行く。私はそれを見送ってから、本棚に仕舞っていたテキストを取り出した。表紙には「フードコーディネーター資格教本」や「野菜ソムリエへの道」と書かれている。
なにか資格でも取ってみたら? と進めてくれたのは優奈だった。迷っている私の背中を押してくれたのは湊人君。新しい事を始めるなら今がチャンスだよ! と言ってくれて、私はその言葉に頷き、せっかくだし……と思い、料理について一から勉強してみようと決めた。その話をしたら湊人君もとても喜んでくれたし、航太君や洋輔君までも応援してくれるといてくれた。やる気に満ちた私は、こうやって夜な夜な勉強をしている。目標は次の試験に合格すること。
そして、いつかその資格を活かす仕事に就くことが出来たらと考えている。
***
引っ越しをしたから少し遠くなってしまったけれど、本屋でのアルバイトはまだ続けていた。湊人君は「俺が稼いでくるからいいよ」なんて優しい事を言ってくれるけれど、やっぱり自分で働くことは大事だし、それに、ここでの仕事はとても気に入っている。なぜなら……。
「あ! アイドルジャパンの最新号、もう出てるじゃん! Oceans表紙なんだよねぇ~」
そんな楽しそうな声が聞こえてきた。私は聞き耳を立てる。こうやって、たまにやってくるOceansのファンの人の様子を見るのが、仕事中の楽しみになっていた。彼らが表紙になっている雑誌を買って行くファンの表情はみんな嬉しそうで、それを見た私も何だか幸せのおすそ分けを貰ったみたいで嬉しくなってしまう。
「あれ? アンタ、もうOceansのファン辞めるみたいなこと言ってなかった? なんか不倫してたみたいなとき」
「あー、アレ? あれはもう終わった話だって! 去年のクリスマスの時にあった生配信見てない?」
私の心臓がドキリとざわめく。
「ううん。見てない」
「嘘―! アレマジで良かったよ! MINATOが相手の女の人にガチ告白してさぁ……なんか純愛見せられたっていうか、ちょっと感動しちゃったもん」
「へー、すごい事するね、そのアイドル」
「ね、マジでやばいよね。あー、私もあんな風に愛されたいなー。相手の女の人、どんな感じなんだろう? ホノカさんって言うんだけど」
実はここにいるんですよ……なんて声をかけたら、ただの不審者でしかない。私はそそくさとその場から離れてレジについた。Oceansのファンの女の子が雑誌を買って行き、帰っていくのを見送った。楽しそうな姿、湊人君たちに話したらきっと喜ぶだろうな。私はそんな事を考えながら仕事を終え、大急ぎでスーパーに向かう。湊人君と約束したお弁当を三人分、猛スピードで作って、航太君の自宅へ向かった。
インターホンを鳴らして出てきたのは、航太君でも湊人君でもなく、洋輔君だった。
「わーい! 穂花さんだ! お弁当だ!」
「あまり立派なものじゃないけど……」
忙しくても片手で食べられるようにとキノコの炊き込みご飯でおにぎりを作ったのと、から揚げと卵焼き、レンコンとニンジンのきんぴら、小松菜とちくわのあっさり煮。どこにでもありそうなおかずでも、みんな喜んでくれるのでありがたい。
「お腹空いてたんだ、ありがとう穂花さん」
洋輔君はお弁当を受け取り、にっこりと笑ってくれる。部屋の中からは湊人君と航太君が言い争うような声が聞こえてくる。
「音楽性の違いってやつで揉めてるところ」
「それって大丈夫なの?」
「あー、いっつもそうだから大丈夫だよ。最後にはお互いが作った曲を褒め合うんだ、それなら最初から喧嘩なんてしなきゃいいのにね」
ケラケラと笑う洋輔君を見ている限り、心配しなくても大丈夫そうだ。
「あ、ちょっと待って! 渡したいものがあるから」
そう言って洋輔君はリビングに行き、すぐに戻ってきた。手には封筒がある。
「これ、ツアーのチケット」
「え? だってまだ先行予約始まってないよ」
「招待枠ってやつ、いつも湊人君がお世話になってるから、僕と航太君からプレゼントです。二枚入ってるからさ、優奈さんと一緒に来てよ」
「……うん、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、僕お弁当渡してくるね」
「うん、またね」
洋輔君も「またね」と手を振った。私はドアを閉め、帰路につく。いつか聞ける湊人君が作った曲。それに思いをはせる……これから先、生きてさえいれば楽しい事はたくさんあるに違いない。私の足取りは、一年前には想像できないほど軽かった。
「あ、優奈に教えておかなきゃ」
最近多忙を極める優奈に、チケットを貰った事とコンサートの日付を連絡する。しばらく間を置いてから返事が来た。返事はもちろん「OK」だった。何が何でもスケジュールを空けると、頼もしい一言で短い文章を締めていた。
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