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*  僕だけが陽菜を見ることができる、僕だけが声も聞こえる。  彼女は食事も水も不要で、髪も伸びない。体型が変わることもなく、シャワーを浴びずとも身体が汚れることもない。  町ですれ違う誰かとぶつかりそうになっても、その誰かは陽菜を擦り抜けていく。  しかし、僕だけはそっと触れようとすれば、陽菜に触れることができた。  いつもひんやりとしていた彼女の掌は、死んでしまってもひんやりとしている。  静物に関しては、陽菜が触れようと思えば触れることができ、擦り抜けようと思えば擦り抜けられるらしい。 「なんとも不思議な存在になっちゃったなぁ、私」  ベッドに座り壁にもたれたまま陽菜が言った。  陽菜は、告別式後も僕の部屋にずっといた。たまにどこかに出かけたり、実家に残されたままだという服に着替えたりしている。  奇妙な生活は続いた。  成績が優秀だった陽菜が僕の隣で勉強を教えてくれた。眠くなったらベッドで並んで眠ったりもした。つきあって一周年記念の日には小さなケーキを買ってきて二人でお祝いもした(食べることができたのは僕だけだったが)。  冬になり、僕は陽菜のおかげで成績が上昇したこともあり、夏前にはE判定だった東京の大学にも合格することができた。  東京へ引っ越すにあたり、「東京でも一緒に住もう」と言った。 「……まさかこんなカタチで同棲することになるなんてね」  陽菜が微笑んだ。 「これからも一緒だよ」 「そう言ってくれるのは佑だけだよ。佑がいるから私は存在していられるんだ」  部屋の真ん中で、僕はひんやりする陽菜をそっと抱きしめた。  今度はちゃんとドアを閉めておくことは忘れなかった。
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