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採光の明るい生成り基調のインテリア、シンプルなレイアウトにコーヒーの香り。
サウンドギークのオフィスは、渋谷の道玄坂にある系列の楽器屋が入るビルの最上階にあった。たかが7階とはいえ、雑居ビルにおいては高い方。
そこかしこに機材のケースが転がってはいるものの、ロムによってきちんと仕分けされているので散らかった雰囲気も無い。
そんな場所で社長の大塚と10名に満たない社員が慎ましく仕事をしている。それがサウンドギークだった。
「――ということで、ラインアレイスピーカーは修理の引取りのために足場を組まなきゃいけないし、まあまあ値が張ります。この見積もりで良ければ、千賀さんに送りたいです。あとは先日新木場の解体工事で引き取った機材の修理についても計画をまとめたので、確認してもらえると助かります。」
これまでにツアーを支援したアーティストのグッズが所狭しと並んでいる机を挟んで、大塚は禿頭を少し傾げながら2つの書類にじっと目を落とした。
ロムはその不自然な沈黙に違和感を感じて、じっとりとした不安に襲われた。
仕事以外の関わりを持とうとしないロムに対して他の社員が冷ややかなのは通常運転だったが、大塚だけはいつも明るくロムを重用してくれている。
だからこそロムはこの仕事を続けていたし、大塚に怒られるような仕事はしてこなかったはず。
なんだろう。何を間違えたのか。
「あの……さ。ロムくん。その……まずは昨日千賀さんとこに行ってくれてありがとう。」
まずはありがとう。そんなものから始まる会話が、穏便であるはずがない。大体はそこからの下落に備えた枕詞だ。それくらいわかってる。
ひょっとして、昨日の不祥事がバレたのか。
一瞬そんなことが頭をよぎったが、だとしたらロムは被害者だ。怒られる筋合いは全く無い。
「……はい。何か、おかしいことがありましたか?」
喉をカラカラにしながらそう絞り出すと、大塚はようやく書類から目を上げた。
「本当に言いにくいんだけど。」
言いにくい。何だ。ロムはゴクリと唾を飲み込んだ。そしてその後に聞こえたセリフは、想定していたどの言葉よりも状況が悪かった。
「これから先、君を正社員で雇うことは難しそうだ。頃合いを見て、自主退職を検討してくれないか。」
「…………は。」
大塚の手元でロムの引きつった顔を写していたコーヒーの波面が、角砂糖が落ちると同時にぐにゃりと揺れた。
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