# 2 欠落のはじまり

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 同じ金額を積んでも、どうせ生きられないのなら。 "人間の可能性を圧倒的にブーストするテクノロジー!!Believe社の記憶バックアップサービス『ROM』、近日リリース!!"  明らかに怪しいサービスに飛びついたって、どうせ死ぬのなら。失くす金が少しだけ、怪しいやつらの手に渡るくらいのことだ。  幸い、ロムには決まった恋人も、仲が良いと言い切れる家族もいない。それなら、これから世の中に役に立つであろう、未完成の技術に自分の記憶をくれてやろう。そう思った。  ROM=Reading Only Memory  (読み込み専用のメモリー)  パソコンの必須素子になぞらえたそのサービスは、鏡に話しかけることで本人の表情や声も学習する人工知能型であることが売りだった。 「Hello, ROM。」 『始めまして、宮下ロムさん。』  初めて話しかけた鏡の向こうの記憶媒体は、偶然の一致で名前が同じだっただけだとわかっていても、決して他人には思えなかった。 『すみません、まだプロトタイプなので、お安くしますから利用実態を研究開発に活用させてもらっても良いですか?』  サービス契約のためにわざわざアパートにおしかけた怪しい担当者は、そう言った。 「良いですよ。」  もう、何でも良かった。  どうせあと1年くらいしかまともに生きられない。生きていたとしても植物人間のように、脳の機能を半分くらいしか働かせずに糞尿の世話をされて生きるのかもしれない。そんな日のために、残しておくべき資産なんて何もない。  それよりは、この世界のどこかのサーバーの片隅にほんの少し間借りをして、自分の記憶が生きた証になることを選びたい。 「ROM、俺はここから先、普通の暮らしをしたい。いまの仕事をして、いまの生活をして、誰にも憐れまれず誰にも病気を知られずに生きて行きたい。」 『わかりました。』 「そのために、朝起きたら必ず、俺に昨日起きたことを教えろ。そして今日すべきことも。全て、だ。」 『わかりました。』 「今日から、お前は、俺だ。ROM。俺を記憶しろ。」 『………Okey, Believer, stay inside.』  Believe社のキャッチコピーとともに鏡の中の自分がほんの少しだけ笑ったのは、恐らく自分の心が安心を取り戻したせいだと、そう思った。
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