# 2 欠落のはじまり

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* 『はい、テンペストの千賀です。』 「……俺です。ロムです。」 『あぁ?』  電話をかける決意がついた頃には、もう日が暮れていた。灯りをつけていない部屋の中で、ロムは窓の外の街灯を眺めながら電話口のその声を聴いた。  耳を澄ます。忘れようが無い。この声は、この声だけは。 「俺のこと、ヤりたいときに呼ぶって言った。」 『………。』  馬鹿げてる。求めているのはこっちだ。プライドなんか気にしている場合じゃない。  それでも、怖かった。断られるのが。突き放されるのが。  "セックスして欲しい。"  男からの切実なブーティコールなんか、重たくて受け止めてもらえないに決まってる。  事実、電話の向こうが無言になった瞬間、ロムは飛び出そうな心臓を抱えて待つことが出来なかった。 「……今日は、ヤりたい気持ちにはならないわけ?」  ダメ押しのように直接的な言葉で笑うふりをした。しかし昌也は、つられて笑い飛ばしてはくれなかった。 『お前………。』  やはりダメか。それはそうだ。昌也はありえないくらい気まぐれな男だ。よりによって。あんな男に身体を求めた自分が……自分が悪い。  足元がグラつくような喪失感に目を背けながら、落胆を隠すために用意した2つ目のセリフを放った。   「………冗談。本題はさ。」  電話口でジッポを開く音がする。昌也のタバコの香りに包まれる錯覚に陥る。 「テンペストで雇ってくれません?俺、サウンドギーク辞めることになったから。」 『…………。』  また無言。  ………はは。ダメだよな。わかってる。何もかも、無茶ぶりだ。冗談も、冗談のふりをした本音も。どこにも何も面白い要素が無い。  笑ってくれるような卑猥なトークでも用意したら良かった。  10秒、20秒。  昌也の呼吸の掠れる音だけを、縋るように聞きつける。目をつむり、携帯を握り。  ……憐れ過ぎんだろ。俺、どうした?  いい加減に逃げてしまおうか。  全部噓でした、と一言いえば良い。  そう思った瞬間、電話口からははっきりとした口調で昌也の声が響いた。 『いますぐ店に来い。今日、いまからだ。』
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