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『はい、テンペストの千賀です。』
「……俺です。ロムです。」
『あぁ?』
電話をかける決意がついた頃には、もう日が暮れていた。灯りをつけていない部屋の中で、ロムは窓の外の街灯を眺めながら電話口のその声を聴いた。
耳を澄ます。忘れようが無い。この声は、この声だけは。
「俺のこと、ヤりたいときに呼ぶって言った。」
『………。』
馬鹿げてる。求めているのはこっちだ。プライドなんか気にしている場合じゃない。
それでも、怖かった。断られるのが。突き放されるのが。
"セックスして欲しい。"
男からの切実なブーティコールなんか、重たくて受け止めてもらえないに決まってる。
事実、電話の向こうが無言になった瞬間、ロムは飛び出そうな心臓を抱えて待つことが出来なかった。
「……今日は、ヤりたい気持ちにはならないわけ?」
ダメ押しのように直接的な言葉で笑うふりをした。しかし昌也は、つられて笑い飛ばしてはくれなかった。
『お前………。』
やはりダメか。それはそうだ。昌也はありえないくらい気まぐれな男だ。よりによって。あんな男に身体を求めた自分が……自分が悪い。
足元がグラつくような喪失感に目を背けながら、落胆を隠すために用意した2つ目のセリフを放った。
「………冗談。本題はさ。」
電話口でジッポを開く音がする。昌也のタバコの香りに包まれる錯覚に陥る。
「テンペストで雇ってくれません?俺、サウンドギーク辞めることになったから。」
『…………。』
また無言。
………はは。ダメだよな。わかってる。何もかも、無茶ぶりだ。冗談も、冗談のふりをした本音も。どこにも何も面白い要素が無い。
笑ってくれるような卑猥なトークでも用意したら良かった。
10秒、20秒。
昌也の呼吸の掠れる音だけを、縋るように聞きつける。目をつむり、携帯を握り。
……憐れ過ぎんだろ。俺、どうした?
いい加減に逃げてしまおうか。
全部噓でした、と一言いえば良い。
そう思った瞬間、電話口からははっきりとした口調で昌也の声が響いた。
『いますぐ店に来い。今日、いまからだ。』
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