# 2 欠落のはじまり

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**************  部屋に入るなり崩れるようにして押し倒されたベッドは、既に欲情と結びついた香りがした。  清潔な洗剤の気配の奥で、かすかに昌也の汗と煙草の匂いが舞い上がる。  昌也が上に乗り自分が組み敷かれた瞬間に感情がこみ上げ、遅れてじんわりと下腹部が熱くなるのを自覚した。 「服は自分で脱げよ。」  そう昌也に言われるままにTシャツを脱ぎ、ズボンと下着を一緒に脱ぎ捨てる。同じように昌也が服を脱ぐ様子は、食事前の虎が爪を舐めるような妖艶さがある。  思わず仰向けの身体を起こして後退りすると、昌也はぐっと膝に力を入れてロムが逃げられないようにした。  そのせいで伸び切った自分の腹部が照明で浮かび上がり、その中心に見慣れた形の勃起を見てロムは諦めに似た感情を覚えた。  どうしようもない。俺は本当に、どうしようも、無い。 「お前、それ、わざと?」 「……え?」 「そんな淫乱に見上げてきやがって、正気かと。男にヤラれんの、ほんとに初めてかって聞いてんだよ。」  なぜそんなことを聞くのだろうか。  この男は自分に対して、何の興味を持ってもいないはずだ。ただ、体温と、挿れられる穴と、文句を言わない口を持っているだけで、それが自分である必要はない。 「……そうだと、思うよ。」 「なんで曖昧なんだよ。セックスは身体で覚えるもんだろ。わかるだろ、挿れられた瞬間に。」  記憶のことは、いま聞いてほしくはなかった。  男とセックスをするのは間違いなく前回が人生初で、こうして2度目に臨んでいることも不測の事態だ。それだけはわかると言いたいのに、今は自分のことについて確信を持って答えられる言葉を持ち合わせていない。 「俺は、今が、良い。」 「はぁ?」 「今、セックスがしたい。他の時間も、他の記憶も、どうだって良い。今を塗り替えるのに、過去に意味があるのか。」  随分と必死な言葉を吐いたものだと思う。  とにかく、抱いて欲しかった。  痛みと快楽に溺れて、その中にあるわずかな自分の欠片を見つけたかった。  だからその瞬間にほんの少したけ昌也の表情が曇ったことも、気付かないふりで押し通した。 「ひどくして良いからさ。」 「お前、うるせぇ。」  昌也の大きい手が伸びてきて、ロムの鼻と口を覆った。
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