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「え?違いますわ。100じゃなくて200。集客ノルマ200人にドリンク代1000円かけた20万、貸し切り代25万、合計45万。前の電話で言いましたよね?」
――"悪い男"がいるとしたら、多分こんな奴だ。
ツーブロックのオールバックはワックスで艶めいていて、彫りの深い眉を強調するように円縁のカラーサングラスを鼻にかけている。片方の肩で携帯電話を抑えながら椅子の肘掛けに寄りかかっているせいで、こちらから見える顎から首のラインは嫌に色気がある。それでいて男臭く着こなした柄物のスカジャンはどう見てもカタギには見えないが、やけに似合う。
対面側なのに違う電話で待たされるのは嫌いだ。それでも、ロムが出入りの業者で相手が上客――ライブハウスの店長――である以上、耐えるしかなかった。
「あ?高い?なに言っちゃってんすか。天下のF大のOBライブなんでしょー!?羽振りよく行ってくださいって。大体うちは渋谷の一等地にある歴史あるライブハウスなんだから。歴史話します?歴史。えぇ。……え?、あぁ、それで良いすよ。ええ。あざーす振り込みで。」
かれこれ10分は向かいのソファに座って待っているというのに、目の前の男は電話を切る気配が無い。身振り手振りがやたら大きく笑い混じりの表情もコロコロと変えてみせるのに、目の奥は笑わない。
おそらく、"悪い男"イコール"悪いことをしている男"ではない。ロムに言わせればそれは"明らかに悪いことをしていそうだけどどうにかこうにか許される男、しかも男女問わず異様にモテる"という解釈だった。要は憎らしい男、ということだ。
――千賀 昌也。渋谷界隈のライブシーンでは悪名高き、ライブハウス『テンペスト』店長。
上司から話には聞いていたものの、実際に会うとかなりインパクトが強い。音楽関係者に癖の強い人間が多いからと言って、ここまであからさまに裏社会と繋がっていそうな風体も珍しい。
遊び人、女好き、金にうるさい、自由奔放。
彼を形容する言葉はどれも手垢のついたイメージそのもので、つまりは比較して平穏な人間は、そんな人間のルールに従うしか無いことを示している。
ロムはため息をつきながら、数枚しか入れていない名刺入れの中から1枚取り出してローテーブルの上に乗せた。
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株式会社サウンドギーク
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PAエンジニア 宮下 路夢"
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昌也はそれをチラリと見てから面倒そうに視線をロムに移し、そしてまた窓の外へと目をやる。
「あぁ。はい、わかってますよ。うちの一番高い機材とスタッフ揃えろってんでしょ。そりゃもう、ピカピカなんで問題ないんで。はい。もー最高に整えときますから。あでも、オプションのレンタル器材は増額で……」
良い加減、鍵だけ受け取って仕事を始めてしまおうか――
そう思ってロムが腰を浮かせた絶妙なタイミングで、昌也はパタリと携帯電話をローデスクに置いた。
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