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しかしその晩を境に、ロムはぱたりと姿を見せなくなった。
約束をしていた訳ではない。連絡先も交換していない。ライブハウスがあってライブがあれば昌也は必ず居場所が決まっていたから、その必要も無かった。
2週間、そろそろ来るかなと思う回数が増えた。
1ヶ月、ひょっとして来るのを辞めたのかと疑い始めた。
3ヶ月、いよいよあれが最後だったのかと記憶するようになった。
別に生娘を抱いた訳でもない。相手は成人男性で、大体のことは自己責任だ。それをあーだこーだ勘ぐるのは止めよう。
そう思うのに、消えた理由だけはどうしても気になる。なのに確かめる術もない。
半年、あれは終わった出来事なのだと諦める準備が出来た。つもりだった。
しかし、秋めいた道玄坂でカフェのガラス越しに女と並ぶロムの姿を見た瞬間、心臓が跳ね上がった。
ああ、自分はロムと過ごしたあの時間が、好きだったんだと気付いた。そしてそれを過去にする必要があるのだということも。
コンコン、と窓越しにロムに合図をする。
二人がこちらを見たのを確認して、店内に入る。
別に女がロムの彼女だろうと、そんなことはどうでも良かった。別にこちらは恋仲でもセフレでも無い。音楽で興奮する変態同士なだけだ。
「よぉ、元気してたか?」
二人が座るテーブルの横に立って、スカジャンに手を突っ込んだまま見下ろす。
しかし様子がおかしかった。
ロムはどこか焦点の合わない目で、ぼんやりと怪訝にこちらを見上げる。
女は昌也ではなく、ロムの顔をじっと見ながら不安そうにしている。よく見るとその女の目は緑がかっている。ひょっとして言語が通じないかもしれないと案じたが、今は女よりロムだ、と昌也は判断した。
「……おい、忘れたかよ?頭イッてんのか?」
いつもの癖で、サングラスを下にずらしてテーブルに手をつきながら顔を覗き込む。
威圧的な態度に驚いたのか、ロムは焦ったようにのけぞって息を呑んだ。
「………ひ、人違いかと………。」
「はぁ?」
人違いでは、無い。見間違える訳が無い。
その目も、耳の形も、身体も、全部覚えている。
ふざけているとしたら、たちが悪い。
「お前なぁ……」
「すみません!!!」
何故か、遮るように横の女が金切り声を上げた。
……すみません、だと?
謝られる理由が思い付かず、思わず女を睨みつける。しかしどことなくロムに似た女は、必死な形相で立ち上がって昌也の腕を引っ張り店の外に出た。
「おい姉ちゃん。どういうことだよ。ああ?」
苛立ちがピークに達した昌也は、女相手には珍しく遠慮のない視線を浴びせた。しかし女は衝撃的な一言を放った。
「兄はここのところ、よく忘れちゃうんです。」
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