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昌也はいつまでたっても音を出そうとしないスピーカーに苛立って、ドンっと脚で蹴ってそのままボロボロになったラブソファにもたれかかった。
座った瞬間に埃が舞い上がる。
スプリングも無いようなもんで、居心地の悪い感覚に顔を歪める。
……本当に、胸糞の悪い夢だ。
結局、ロムは再会しても昌也を思い出さなかった。同じような会話をしても、身体を重ねても、だ。
急に若年性アルツハイマーと言われても、飲み込める訳が無い。ただ恋人だとかセフレだとか何か約束があった訳でもないから、それ以上踏み込む鎹が無い。
ロムは何も言わないが、サウンドギークを解雇された理由はおそらく病気のことなのだろう。
確かに、顧客の名前を覚えられないのは社会人として致命的だ。理由も言わずに頼ってきたロムをなし崩し的にテンペストで雇うことにしたものの、ロム自身がまたそれ自体を忘れるかもしれない。
それなのに、ロムは自分から身体を差し出して来る。まるでそうすることが正しいのだと言うように。
そんな状況で交わされる痛みの種類がお互いに違う意味を持っていることに、ロムは気付いてすらいない。
「めんどくせぇ……。」
頭をガシガシと掻く。
……この世界には、いるのか?
恐ろしいことを思いついて、昌也は眉間に皺を寄せた。
もしこの世界にもロムがいたら。それは、いつの記憶を持ったロムなのだろう?
これだけリアルな夢なのだ。
今ここでポンと、ロムの一人や二人、再現してくれたってバチは当たらない。それが、あの頃のロムならなおさら。
「チッ。」
あまりにメルヘンな自分の発想に反吐が出る。
あれは終わったこと。それで良いのだ。しかし……
音の出なくなったスピーカー、集団葬儀の参列。
うす気味の悪いアンドロイドの身体。
「……ロム、いねえかな。」
どっちのロムでも構わない。
とにかくこの不快な夢の中に、ロムの存在が欲しかった。あとは、煙草。
『昌也さん、そろそろ出てきてくださいよぉー!!』
リッタの声が頭上から降ってきて、昌也はおざなりに上を向いて叫んだ。
「おー、もうすぐ射精るとこ。」
あ、性器ないんだわ。と思いつく頃には、既に脚が細い階段を登っていた。
大好きだった場所がもはや思い出をえぐる場所でしか無くなった事に寂寞としながら、昌也はその地下室への入口にあたる四角形の床材を、地上側からピタリと閉めた。
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