# 3 終わりを決める人は

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 やりだせば何とかなる。  コンサートホールとライブハウスで勝手は違っても、やることは変わらないはずだ。    そのロムの慢心はしかし、早々に打ち砕かれた。 「おーいスタッフさん、ギターの返し、もうちょい上げてもらえますかぁ?」   「いやもうこれ以上上げると、ハウリングが……」 「えぇー?だから、聴こえねぇっつってんの!黙って言うこと聞けよ、スタッフだろ?」  ……はぁ?  思わず舌打ちしそうになったところで、竹内が青い髪を揺らしもせずに横から伝達用のマイクを奪って「いま上げますんで、お待ち下さい」と言った。 「え、これ以上上げたら……」 「お前、黙ってろ。」  不可解な仕草に疑問を投げかけるが、竹内は涼しい顔でステージを見続けている。ロムはまだ納得がいかなかったが、竹内のあまりに動じない様子に大人しくなりゆきを見守ることにした。  ライブハウスにおける"返し"、とは観客向けではなく演奏者向けのスピーカーのことを言う。  バンドのように複数の楽器が密集して演奏するスタイルでは、自分の音が聴こえないと演奏がしにくい。だからそれぞれのパートには、専用のスピーカーで本人の音だけを"返し"てあげる必要がある。ただ、往々にして下手な奏者ほど自分の音ばかり大きくして周りの音を聞かない。だからロムはそういう奏者が嫌いで、そんな奏者の言いなりになるのは嫌だった。  実際ロムに怒鳴り散らしたギタリストもあまりにもともとのアンプの音がうるさいので、さらに返しを大きくしたら全体が崩壊する。そこまで来ていた。  だから、さらに返しをあげるなんてとんでもない。この状況からどうやって、全体を調整するのか。何か秘策があるのか。ロムはひたすら、竹内の指を見つめた。 「返し、上げましたよ。どうですか。」 「おお、あざーす!聴こえるようになった!」 「……えっ――」  しかし竹内の指は実際、1ミリも動いていなかった。  ……じゃあどうやって?  いつまでもロムが鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしていると、竹内は青髪を耳にかけながらドサリとパイプ椅子に座り、真理を吐いた。 「聴こえてるふり、わかってるふり、音を上げてるふり。みんな、ふりだよ。」 「………え?」 「なに、何か不満なわけ?あいつは音を聞いてない。でもあいつからは俺の手元は見えない。俺は「上げた」と言った。それで解決した。」  ロムが反応できずにいると、竹内は勝手にロムの意図を汲んだように目を逸らした。   「……結果的に満足させてんだから良いだろ。お前が相手にしてた一流アーティストと、このライブハウスに集まる連中は格が違うんだわ。……そこんとこよろしく。」 「………。」  はい、とかいいえ、とか、言えれば良かった。でも、ロムにはそれが出来なかった。    
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