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「それじゃ、みぃたんと一緒にヘドバンしてね!頭を横じゃなくて縦に振るんだよ!行っくよぉ〜〜!♡」
激しくギターが刻まれると同時に、床が揺れるような気がする。汗を蒸気に乗せたような空気がステージ前のファンを照らす照明にゆらぐ。
「はい!はい!はい!はい!お〜〜〜ジャンプぅ!」
盛り上がりは上々。
――ただし客は、20人程度。
そしてそれが、悲しいかな今日演奏したバンドも合わせた6組の中で、1番客を多く動員した演奏だった。
結局このブッキングが成功したかどうかはわからない。それでも、他のライブハウスはもっとひどい状況なのだとも聞く。
ロムは昌也が一体どう感じるんだろうか、と想像したが、本番が始まってもまだホールに一度も降りてこないことから、事務所で頬杖を付きながらディスプレイで現場を見ているのだろうと結論付けるに留まった。
「はい、今日も来てくれて、ありがとう〜!!」
みぃたん、こと夏浦 美衣が息を切らしながら必死に客に語りかける。その横では、先程ロムに怒声を浴びせたギタリストが満足そうに笑っている。
「今日もね、暑いけどね、こうやってみんなと一緒に音を感じられて、すっごい幸せ!!私、歌うまくなってなぁい!?」
全然、全然上手くは無い。
でも、その台詞は今日の演奏の中で、何故か1番マシなものとしてロムの記憶に刻まれた。
「最近さ、ライブハウス、元気無いじゃん?でもさ、私はすっごい好きだし、みんなのとこも大好きだから、もっともぉ〜っと盛り上げていこうね!ね!だから大サービス!」
美衣がチラリとミニスカートの裾をたくしあげると、太腿にはハート型のシールが見え隠れした。
最前列の数名が異様なテンションとは裏腹に行儀よく手を叩きながら「みいたん最高!」とか「ふ〜!」とか騒いでいる。
茶番でしかない。
20人しか客のいないライブで、聞けたもんじゃない演奏をして、レベルの低い客に下品なアピールをする。
それはかつて、ロムにとって許しがたい存在だった。いまでも虫唾の走るような感覚にかわりはない。しかしこのライブハウスで働くようになった今、何かが違った。
そこには必死さがあり、逞しさがあった。ロムはそれを認めた。
「なんか、悪く無いすね。」
そうやって背後のパイプ椅子に座る竹内に声をかけると、「ん?あぁそうかぁ?」と言って竹内は欠伸を返しただけだった。
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