# 3 終わりを決める人は

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****************  ……ほんのちょっと、ほんのちょっと挨拶するだけだ。  ロムはそう自分に言い聞かせるようにして、事務所に向かう階段を登った。  結局演奏が終わり出演バンドの清算が済んでも、スタッフ総出でホールを清掃し終わっても、昌也は一度もホールに現れなかった。  ロム以外のスタッフは楽屋横のスタッフルームでタイムカードを切り、特に疑問を呈する様子も無く帰宅した。竹内も「もう、次回から任せるから好きにやって」と言い残してバイクのテールランプで線を描いて行った。  楽屋の横を抜ける廊下を過ぎて突き当りの扉を開け、雑居ビルのロビー的な空間を挟んで向かいが事務所の扉。その前でほんの少し逡巡し、意を決したようにドアノブを回そうとした瞬間に、部屋の中からドンっと大きな音が聞こえてロムはそのまま手を止めた。 「そろそろ折れてくれてもこっちは構いませんよ  って、そう言ったんですけどねぇ?千賀さん、このまま行くと自己破産でしょうが。」  どう聞いても不穏な台詞と聞き慣れない口調に、ロムは瞬時にその相手がカタギでは無いことを悟った。  そっとドアノブから手を離し、周囲に他の人間がいないかどうかを確認してドアに耳を当てる。 「………で、……から。」  昌也が何か言ったらしい声が聞こえるが、内容がわからない。そしてさらに激高したような声が響いた。 「いちいちうるせぇんだよ屁理屈抜かしやがって。こっちはもう、なんか要らねぇんだよ。ビルごと寄越せって言ってんの、わかる?どうせ糞みてぇなライブしかしてねぇんだから無くても同じだろうがよ。」  ……立ち退き要求?  この雑居ビルには、テンペスト関連の部屋と昌也の自宅だけでなく上階に他のオフィスもある。しかし実質的に最も割合を占めているのはテンペストなので、第三者がビルもしくは土地を手に入れるために昌也を揺さぶるのは必然とも言える。  でもだからって。  慣れない緊張感に、扉を一枚挟んでいても心臓が早鐘を打つ。地元にもヤクザまがいのチンピラはいたが、渋谷のそれは妙に垢抜けていて、より一層冷徹に聞こえる。 「は?てめぇこの……」  ダメだ、昌也さんが危ない。  そう思った瞬間に、震える手で携帯のスピーカー音を最大にしていた。数回のタップで、目当ての音声が流れる。 「………チッ!!また来るからなぁ、千賀さんよぉ!」    明らかに廊下側から流れるのは不自然なはずだが、大音量で流れたパトカーのサイレン音は、明らかに室内の様子を一変させた。  ドカドカと複数の足音がこちらに近付いてくるのを察知して、ロムは楽屋側の扉に身を隠して騒音が過ぎ去るのを待った。  
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