# 3 終わりを決める人は

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 断れるはずもなく大人しく昌也の背を追って事務所に入ると、中はひどい有様だった。  昌也の机の上、そしてその奥の商談スペースである応接机まで、請求書、フライヤー、デモCDがバラバラと散乱している。  昌也は綺麗好きとは言えないから散らかっているのは通常運転だったが、明らかに意図を持って汚されたそれらが、誰の仕業なのは明らかだ。 「………立ち退きとか、言われてんの。」  ふたりきりになると、つい敬語が抜ける。 「あーーー?知らねぇーー」  雑なかわし方に口をつぐむ。  しかし昌也の横顔が少しこわばっているのを見て、それは真実なのだと悟る。  仕事用のデスクのほうにどさりと座った昌也を見て、ロムはソファの肘掛けに軽く腰掛けながら目につくものを拾い上げた。その中には、ブッキングの出演バンドとの領収書の控えも含まれていた。 「テナント料、払えないほど集客ヤバいんだっけ。」  さり気なさを装っても、口に出すと恐ろしくシビアな内容だ。ロムは言ったそばから後悔をして、思わず昌也の顔色を伺った。しかし昌也はニヤリと笑うと、回転椅子に豪快に寄りかかりながらロムに向かって中指を立てた。 「黙れよロム、集客なんかどうでも良いんだよ。金だってどうとでもなる。」 「じゃぁ……!」  潰れたり、しないよね?  その一言が出て来ない。  言ったら本当になってしまうかもしれない。  そう臆病になるほど、既にロムにとってテンペストは大事な場所になっていた。  長年働いたサウンドギークでさえ、解雇になった瞬間にどこか輝きを失って見えた。別にあの場所だけが自分の居場所だとは、最後まで思えなかったのだ。  しかしテンペストは違う。別に解雇になったって良い。そうではなくもっと身体の奥の奥で、この場所に紐付いた何かが絶対に失ってはいけないと叫んでいる。  円山町にはテンペストが無くてはいけないし、渋谷の音楽シーンにとっても大きな支柱。そしてそれだけでなく、この場所に込められた魂のようなものが、まだ生きようとしている。それをいっときの向かい風などで、消したくは無い。 「ロム、AV見るか。」 「だからあんた、何度言えば……」  こちらの感傷にもあまりに無頓着な昌也の態度に、思わず苛立ちながら返す。 「良いから、これ見ろよ。」  そう言って昌也が拾い上げたDVDのケースに見覚えのある顔を見て、ロムは思わず「え?」と返した。 「今日、リハ前の挨拶でもらった。あいつ、すげぇエロいのな。」  昌也が立ち上がってソファに移動してくる。その手に握られたケースには、確かにみぃたんこと夏浦美衣の顔が印字されていた。  
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