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ロムは歌詞のない音楽を好んでいる。
もっと言えばルーツの無いもの。民族性や歴史、思想、主張が無く、音と音の運びだけを楽しむ音楽。
それ以外を嫌っている訳ではない。肌に合うものもある。それでも専門の同期生に『ロムは原理主義者だ』と言われるくらいには、音を音として聴くことを選んだ。
……そういやあの人、多分俺のカラコン気付いてたな。
黙々と配線の作業を続けながら、ふと頭によぎったのは昌也の視線だ。
ロムの目は、もともと鮮やかな緑色をしている。それを隠すために黒いカラーコンタクトをするまでは、随分と生きにくかった。何もしなければ地毛で栗色の髪の毛と緑の瞳は、地元においては完全なる異分子だったからだ。
『ロムくんのお目々と髪の毛、変ね?』
名前も知らない異国の父親から譲り受けた容姿。周囲から浴びせられる好奇の目については物心ついた3歳頃には既に気付いていたから、おそらく生後すぐから言われていたのだろう。
整った容姿に寄せられる注目に優越感を感じていたのは中学に入るまで。それからは、妬みや違和感、家庭環境に関する要らない推測がついて回ることを知った。"結局、ロムは日本人なの?外国人なの?ハーフなの?"
――知らねぇ。ルーツがなんだ。
音は、音だけは。………そこにある事象だ。発した瞬間に消えてなくなる。身体を震わせて、温度を失う。だから気持ち良い。
黒く染められさらに前髪の伸ばした髪型は、さらに黒いカラーコンタクトで覆われた緑色の瞳をよく隠した。
高校ではその"逆デビュー"の中身を暴こうとしたやつもいたが、上京してからは気付いた人間はほとんどいない。
気付いて欲しいと意思表示をしないやつには興味を持たないでいてくれる。いくつか手順を踏めば性欲を満たす方法はそれなりにある。それが東京の良いところだ。殺伐とした人間関係は、柔く白々しくロムの孤独をも隠した。
『お前、ド変態だな。』
――ガタン。
スピーカー前のマイクスタンドに固定していたマイクが落ちた。
作業に集中していたつもりが、別のことを考えていたらしい。
……さっさと終わらせて忘れよう。
昌也の視線は確実に緑色の目を通り過ぎ、さらにその奥を見透かしていた。
ロムはそれが不快ではなかったことに驚いていた。
むしろ……
頭をぶんぶんと振り、手元に集中する。
目をつむり数秒深呼吸をすると、ロムの耳はいつも通り澄んだ感覚を取り戻した。
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