世界の紡ぎ手

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 ああ、面倒くさいな。土原雪乃(つちはらゆきの)は出勤するべくバス停への道を辿っていた。道路を走る車が起こす風か、地味に凹んだアスファルトのせいでバウンドする動きのせいか古びた歩道橋はいつも振動している。その真ん中で雪乃は必ず足を留める。特に景色がいいわけじゃない。3車線の道路を埋める通勤ラッシュの車を眼下に少しだけ広く感じる空を見上げる。  「仕事に行くのを楽しいと思う奴、どれくらいいるんだか」  錆が浮く薄い緑の柵に手を置いて、なんとなく真下を見る。落ちたら死ぬかな。特に死にたいとも思っていないけれど、どうでもいいな程度にそんなことを考える。別段、特筆するような絶望も苦痛もあるわけじゃない。ただ、小さいことならいくらでもある。例えば「スカート穿かないの? 似合うだろうに」そんなの個人の自由だろうと思う。「もっと明るくはきはきしなきゃ」面接からほど遠いのはわかっていただろうに、それなら最初から合格にするなよ。在庫の最後を使って申請しないで逆切れする。「連休、旅行とか行く?」行かなきゃ有意義じゃないのか? 何か意見を言っても「みんなやっていることだからね」みんなって誰だよ。  毎日毎日モヤモヤすることがあって、面倒な体質を薬で誤魔化して働く。好きと思えない仕事でも無職にはなりたくない。雪乃はため息をついた。この歩道橋を渡り切った先にあるバス停からバスに乗れば15分ほどで会社に着く。総合案内、郵便発送、在庫チェック、社内郵便配りetc 淡々とこなしていればそれなりに時間は過ぎて基本定時にあがってコンビニかスーパーで総菜を買って帰る。その繰り返し。面倒だが遅刻をすればもっと面倒なことになる。仕方がないから行くかと柵から手を離し歩き出そうとした時。  「うわぁっ」  大きな声がして其方を見て雪乃は目を瞬いた。声の主がいない。いつもバスで一緒になるちょっとふくよかな眼鏡のおじさんがいたはずなのに。ビキッと硬質な音が足の裏でした。  「え……」  がくんっと体勢が崩れ、ひゅっと急激に落下する嫌な感じが身を貫く。ばらばらと何かが降っている。目の前に車。……車? 一体何が起きたのか理解する前にどんっと衝撃をくらって雪乃の意識は途切れた。
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