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担いでいる袋の中を漁り、ひとつの四角い物体を取り出してベルトに差し出す女。
「要らねっつの、こんなでけーの。ってか何よこれ」
「知らねェ」
「はいはい何もかも知らないのね記憶力が生まれたてのバンビなのね」
面倒そうにあしらいつつ、何となく差し出された物体を確認するベルト。
と、彼が目を見張った。
女から受け取ったものは、包装紙に包まれた四角い箱らしきもの。
表面には、なんと彼の前職場、クズ工場の住所……さらにはベルトの名前が書かれた宛名シールが貼ってあるではないか。
「おい、これどしたん」
「盗んだ」
しれっと女はとんでもないことを言う。
「教会に用があって行ったらそれが置いてあってよぅ。とりあえずパクった」
「とりあえずで泥棒すんなし」
「泥棒?」
女が、きょとんとする。
数秒ほどぼーっとしたかと思えば、急になにかに納得したように手を打ち鳴らした。
「思い出したわ、あたしの職業。泥棒稼業だ」
「だろーとも。一応これ貰っとくわ。俺宛の宅急便だから」
「それ、何が入ってんだァ?」
「……ボードゲームだよ。同僚みんなで遊べそうだから買ったんだ、けどもう必要ねーや」
ベルトはそっと目を伏せる。
みんなで遊ぶためにボードゲームを買うくらいだから、彼は『工場』を辞める気などさらさら無かったわけだ。
少なくともつい最近までは。
「ゲームならあたしの兄ちゃんがよくやってんなァ」
「兄ちゃん居んのけ」
「あぁ、いる。おめえさんよりも変なコーディネートした兄貴が」
「誰が変なコーディネートだこんにゃろう」
「兄ちゃんっつっても、大勢いる中のひとりだ。うちは兄弟姉妹がいっぱいでなァ」
「へえ、そうっすか。何人くらいいるんだか気になって夜しか寝れねーや」
「五、六百人くらい」
くだらない嘘、冗談ととれるその言葉だったけれど、ベルトは愕然とした。
「で、本題に戻るけどよォ。あたしの素性占ってくれよ」
素性を占え、と女は迫る。
ふざけているのかと思ったけれど、眼鏡の奥の眼差しは真剣そのものだった。
何だこの女は。記憶喪失か何かなのか?
普通の人間ならば個人情報を自覚しているから、目を見れば悟れる。
だが記憶が無い場合は、それが難しい。
……けれどもベルトには、ひとつ心当たりがあった。
「……お前、マジで自分の情報何も覚えてねーのけ」
「名前だけ覚えてるぜ。ハナだよ」
「花?」
「コノハナ。あたしの名前だ」
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