自分勝手な彼ら

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そうして二人は、パティが探すのとは逆の方向へ進む。 そろそろ日が暮れる頃だ、灯りも付いていない廊下は当然暗い。 部屋をひとつずつ見ていくがオズは見つからない。 廊下の一番奥まで来た時。 不意に先を歩いていたクローバーが立ち止まったのでラスカルも立ち止まった。 「どうかしたかぃ」 「それはこっちの台詞だ」 背後を振り向くことも無く、クローバーは妙なことを言う。 クローバーの視線の先には窓がある。 額縁のごとき立派なそれに嵌ったガラス、そこにはクローバーと、その後ろに立つラスカルの姿が映っている。 酸を含んだ泡の滴る武器を、まっすぐクローバーに向ける姿が。 「得物の矛先が味方に向いてるのは何故だ」 「おや。きみが味方だったなんて知らなかったなぁ」 「……寝返ったのか」 「人聞きが悪いけど、そうなるね」 すぐ足元に酸が落ちて、床が焦げる音が聞こえる。 クローバーは気付いていた。 ラスカルが、地下監獄にて飲み会していたときからおかしいと。 ミフネや、遠山静句とその甥に何かそそのかされたのだと。 つまるところ、飲み会メンバー全員が『敵』の回し者だと。 「あいつらに何を言われた」 「なにも」 「命令されたはずだ、何かを。お前が自分の意志で裏切るとは考えにくい」 ラスカルは自分で自分のことを考える力がない。 人生のすべてを亡き友人にかけすぎて、友人に呪われすぎて、何もかもどうでもいいと思っているから。 「静句さんに聞いたんだ。もうすぐ死ぬんだってさ、ぼく」 ラスカルはさらっと、自分なりの理由を言う。 「多分きみは知ってたんだろ?ぼくがいつも眠い理由」 「知ってた」 「なら分かるよね?何でぼくがこうするか」 「分からねェなァ」 ラスカルの表情が一瞬強ばる。 が、また笑顔に戻った。 「他人なんだから分かる訳がねェだろうが。ちゃんと自分で言語化しろ」 「……」 「どうした、言語化出来ねェのか。テメェの目的だろォ」 「……きみってぼくのこと好きなんじゃなかったっけ?」 クローバーがゆっくり振り返って、ラスカルを見た。 愛しい人を見るその目は、軽蔑一色だった。 「見損なったなァ、ラスカル・スミス」 「……は」 「裏切った上に俺の好意を利用する気かァ?お前がそんな下卑た奴だとは思わなかった。最低だ」 ラスカルは面食らう。 クローバーは嘘つきだが、根は誰より誠実だ。 こういう真剣な場面でこういう嘘は好かないだろう。 どうやら本心から言っている様子である。他でもないラスカルを、最低だと。 彼の一番の地雷を踏んだ模様。 「ぼくの友達殺したくせに」 「今そんなこと関係ない」 「黙れ、うるさい。黙らないと殺してやるぞ」 「人を殺したこともないくせにどの口が言ってんだ」 癇に障ったラスカルが、得物でクローバーの顔面を殴った。 小さい体ながら手加減無しの、全力で。 クローバーは躱しもしなかったため、モロに直撃。よろけて壁にぶつかった。 「どうしたクソチビ、こんなもんかァ?」 「うるさい!!」 叫んで、クローバーを殴りつける。めちゃくちゃに、ひたすらに。 さらに得物を振り回して、酸入りの泡でクローバーの全身を焼き焦がす。 何度も何度も何度も殴った。 どこもかしこも火傷だらけにした。 なのにクローバーは、ラスカルから目をそらさず、睨み続けている。 暗い赤の瞳には、憎悪や敵意とはまた違う力強い光が宿っていた。 「うああああああっっ!!」 金切り声にも似た絶叫を上げ、一際力を込めて、クローバーの脳天を殴りつけた。 するとようやくクローバーはその場に倒れた。最後の一撃は打ちどころが悪かったと見える。 倒れたクローバーに、ラスカルは罪悪感を感じた。 それがどんな感情から来るものなのか。 生まれて初めて殺人に手を染めたかもしれない恐怖? それとも……。 「……っ」 頭をふるふる横に振り乱し、ラスカルは思考を放棄した。
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