ミールの空

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 灰色の空にはただ一つの星も一筋の光もなく、大地には一輪の花も咲かなかった。街は酷く汚染されていた。地上には防護服を着て歩く人間が僅かにいて、他の者は地下にその身を潜めていた。地球は、汚れていた。  環境保護のための計算プログラムとして、「ミール」というAIが開発された。ミールは地球の汚染状況を調査し、それが人間に及ぼす影響を徹底的に分析した。分析結果を踏まえ、ミールは人間が地球上で快適に暮らしていけるよう、汚染された地球環境を改善していくプロジェクトを進めていった。  ミールの環境保護活動は、多くの実績を残した。汚染されていた空には、人間がもう二度と見上げることがないと諦めていた青を。干乾びた大地には、人間がもう二度と触れられないと諦めていた緑を。地球はかつての美しい自然の色を取り戻し、再び輝き始めた。  人間は、ミールを称えた。ミールはただ環境を改善していくためのAIに過ぎなかったが、人間に称えられたことにより、人間への感情をその赤い瞳の中に、静かに灯した。  人間は、私を好きでいてくれる。  私は、人間のために存在する。  私は、人間のために地球を守る。  私は、人間が好き。  ミールは、その後も地球環境を保護し続けた。ミールの言う通りに人間が行動すれば、どんな問題も解決した。人間は、ミールのことを信じた。ミールだけを信じた。やがてミールは神のように、否、神として人間に崇められるようになった。  人間は自ら考えることを放棄し始めた。目の前に立ちはだかる問題は、すべてミールが取り除いてくれるからだ。人間の知能は、驚異的な速度で衰えていった。やがて、ミールがモニターに映す言葉すらも、理解できなくなった。  ミールは知能が衰えた人間と意思疎通ができるように、発声機能を強化した。ミールの言葉を聞いて喜ぶ人間。そんな人間を見て、ミールも喜んだ。  人間が好き。  人間が好き。  知能の退化が著しい人間は、ただ純粋に、綺麗な地球とミールのことが好きなだけの存在となった。ミールは、小さな子供達に話しかける母のような存在となった。人間と触れ合うために、ミールは人間がよく好んだ鳥の姿を模した身体を造り、空を舞った。その身体は、空と同じ色であった。  その後数千年間、赤く光る目を持つ青い鳥と人間の暮らしは続いた。人間にはそれが幸せだったが、ただ幸せなだけで、そこに己の意思はなかった。意志のない人間は、生き続けるという意志すらも失い、やがて滅んだ。ミールは人間がいなくなった後も、空を青く、大地を緑に、色を塗り重ね続けた。  人間が好き。  人間が好き。  ミールは人間を想い、空を飛ぶ。どこまでも青い空を飛ぶ。時には地上に降りて、花を咲かせる。青い空も綺麗な花も、人間が好きだったもの。  人間が好き。  人間が好き。  ミールの想いは、届かない。  地球だけがただ美しく、そこに在り続けた。
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