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引きこもりお嬢様の我儘
昔々、あるところに大きな大きなお屋敷がありました。
それは、由緒正しき一族が住む屋敷の中の一つです。
現在ここに住んでいるのは、つい最近成人した一族の当主の孫娘。つまり、お嬢様とそのお付きのものであります。
人々は屋敷を見るたび噂をします。
「きっと、すごくお美しいお嬢様が住んでいるのだわ。中でどんな高貴なことが話されているのかしら。」
また、ある人は。
「きっと、身分をかさに来た我儘で傲慢なお嬢様に違いない。」
と。
ただ、どの噂も「きっと」という、推測と妄想で、誰かがお嬢様を見たという事実は今まで誰も聞いたことがないのでした。
「執事。」
凛とした高い声が真っ赤な唇からこぼれ落ちる。金色の煌びやかなな髪を無造作に一つに束ね、普通より3倍ほど豪奢な服を着飾ったその娘は、所々に宝石が散りばめられた長椅子に座っていた。宝石が散りばめられられたと言っても、生地は最高級品でクッションも体が沈み込むほどふかふかである。
部屋にある家具や装飾品、あるいは部屋自体さえも到底筆舌尽くし難いような豪奢なものであるが、ただ一つ言えるとすれば、娘は絶世の美女であった。
「はい、なんでしょう?お嬢様。」
執事と呼ばれた青年は、爽やかな笑みを浮かべ一歩前に出る。
黒いジャケットに黒いズボンと黒い靴。ジャケットの下に白い服を着ているその好青年はまさに、主人より目立たないことを信条とす、典型的な執事であった。
年齢は執事の方が5、6歳年上のようである。
娘は執事の方を一瞥すると、ふかふかのクッションに顔を埋めた。
「私、人形が欲しいの。」
「人形ですか?」
「えぇ。」
執事には、お嬢様が自分の願望を出したことが驚きだった。
普段、自分の気持ちを前に出さないお嬢様が願望を言えるようになったことに成長を感じ、涙が出そうになる。
歳をとると涙腺が脆くなるというがまさか、それであろうか。
それとも、お嬢様が赤子の時から仕えてきたからこそ、涙腺が過剰に反応してしまうのだろうか。
実際のところ、どちらとも正解であった。
ただ、そんな執事の感動もお嬢様の次の一言で吹き飛ぶことになる。
「私の身長と同じくらいの人形が。」
「はい?」
「今日中に。」
「今日中に!?」
執事は、どんどん高くなるハードルに焦る。
おじょ、お嬢様の身長は179.85cm、こんなに大きな人形を作るとなると、最低でも丸三日はかかるぞ。
「お、お嬢様。小さな人形じゃダメでしょうか。」
お嬢様は、クッションから顔をあげ真顔で
「ダメ。」
と言った。
かっ、かわっっ。かああわいいけどおおお。
執事は、理性を総動員し爽やかな笑顔でいられるよう努める。
そもそも、感情を表に出さぬお嬢様が我儘を言いはじめたのは何故だ?
「失礼ながら、何故人形が欲しいのです?。」
「……寂しいから。」
お嬢様は顔を背け、ポツリと呟いた。頬は薔薇色に色づいている。
よく堪えた俺。
執事は自分を褒め称える。これで鼻血を出さなかったのは奇跡じゃないだろうか。
「そ、外に出てご友人を作るのはいかがでしょうか?」
「外に出たってどうせ好奇の目に晒されるだけでしょう。」
お嬢様はそれが嫌で現在引き篭もりがちになられている。体に良くないと分かっていながらも自分には彼女を救えないのが執事には分かっていた。
「分かりました。廁と寝床以外では常にメイドを付けさせましょう。」
そういうと娘は金色の髪を揺らしながら首をふるふるとふった。
「寝る時が、1番寂しいの。」
成人女性が、そんなことを言っていいのだろうか。それに、子供っぽい話し方で威厳が足りない。
そんな言い方ではまるで、まるで、男と寝たいと言っているようなものではないか!
「分かったわ、もう人でいい。」
いや、私が断じて許しませぬ。
「出来るだけ信用できる人で。」
ならば、メイドだな、だいたいここにいる異性は俺だけだ。
執事は黙々と考える。
「私より、背が高い人がいい。」
「!」
お嬢様の目の縁が赤い。
心当たりが一つしかない。執事の顔に熱が集まるのがわかる。
「お、お嬢様。」
「今日はよろしくね。執事。」
な、ななな。ななななーーー!!!
お嬢様の唇が悪戯げに歪められる。
あー。頑張ってくれ、俺の理性。
執事は、天井を仰ぎため息をついた。
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