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─── 丹治さんが濡れた髪を振ってリビングに来た時、時刻は午後10時を回っていた。 ローブの前を首元まできっちり閉じ、前を紐で固く結ぶ俺に対し、ヤクザ界では稀有なほど上品なはずの丹治さんが、ゆるゆるに開けた前を辛うじて下腹辺りで合わせている。 覗き見える胸と腹は結城さん同様、鍛えに鍛え上げられた筋肉が隆起し、歩き動く度、脇腹まで延びる入墨の一端がほんの少しチラついた。 床に座って遠慮もなくしげしげと見つめる俺に柔らかな視線を返し、未開封の日本酒瓶を二人の間に置いてから自分も膝を少し開けて正座をする。 大事なトコ、見えそうなんだけど。 「どうしました?」 「えっ、いや、その、、、 あ、結城さんと同じで、凄い腹の筋肉だなぁって思って。 何て言うか、えーと、、、そうそう シックスパック! めちゃくちゃカッコいいです。 俺はほら、この通りワンパックだから」 言ってバスローブの上から自腹をぽんと叩く。 「面白いですね、坊っちゃんは」 「あと入ってる墨が少し見えたんで、、、 国家公務員やってる結城さんの腕にもありますけど、ぱっと見エリートサラリーマンでしかない丹治さんこそ正真正銘の極道なわけで、、、 だから背中にはどんな彫物があるのかなと」 けど、時として見る者の背筋を凍らすほどに恐ろしく変化させる、そんなところは二人とも良く似ていた。 「見ますか?」 「え?  そっ、そりゃ見せて貰えるんなら是非見てみたいです」 「これからも目にするとは思いますが」 上半身を捻り、片方の肩を抜いて見せた丹治さんの背中には、鬼のように恐ろしい顔をした立像が彫られていた。 髪は燃え上がるように上に向かって(なび)き、力強い眉間から目尻にかけては怒りの様相で見る者を睨み据えてくる。 手には武具、頭の後ろには火焔光背(かえんこうはい)という輪を配している。 全体的に黒と深い青のコントラストで彫られたそれは、逞しい背中一面を覆っていた。 「は、、、ぁ」 圧巻過ぎて言葉も出ない俺に、 「『毘沙門天』です。 武神であり富や成功の象徴だそうで、生みの親でもある組頭と盃を交した後に自ら選んで入れました」 反対側の袖も抜いた丹治さんはそのまま布を落とし、『彫物披露はこの辺で』と言って向き直ると腰巻のようにして紐を締め直した。
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