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「よろしくお願いします」 「では今から兄弟盃に伴う口上を立てます。 急なことで媒酌人もいませんので、僕が代わりに述べますが、終わりましたら七分と三分の割合で酒を飲み干し、『契り』の儀と致します」 それから前屈みになって膝に手を乗せ、たっぷり数十秒おいて静かに口を開いた。 『中野(なかの) 汰士(たいし)どの。 既にお覚悟は十二分に持ち合わせのことでしょうが、任侠とは誠に厳しい世界でございます。 時として、たとえ白いものでも黒いと言われれば、その胸の内にすべてを飲み込み、承服せざるを得ない子弟の絆とも申します。 如何の修行にも耐え抜いて、兄貴分となるこの丹治のため、立派な漢となる決意が固まりましたら、これより渡されます盃を飲み干し、契りとしまして御魂(みたま)深くにお納め下さい』 と頭を下げた。 静かではあったものの、部屋の隅々まで響き渡る声に気圧されたのと、 恭しく渡された口上、下げられた頭に緊張しまくり、俺は丹治さんが口を付けた後の盃を受け取った際、手から取り落としてしまった。 「あっ」 慌てて拾おうとしたけど既に手遅れ。 「うわ〜すみませんっすみませんっ、 どうしよ、、、」 オタオタしながら溢れた酒を袖で拭く俺を優しく止め、 「初めてのことなので仕方ありませんよ。 落ちた盃は縁起が悪いので、器を変えて初めから仕切り直しましょう」 丹治さんは先に使ったものより一回り大きい盃を持ってきて酒を注ぎ、今しがた述べた口上を再度初めから言った。 深く頭を下げる丹治さんを前に、今度こそはと俺はしっかり器を支え持って、なみなみと注がれた酒を慎重に、でも一気に飲みきった。 「坊っちゃん、僕が先ですよ」 丹治さんが口元を緩めて首を振る。 「あっ」 ─ しまった! 動転冷めやらなかった俺は丹治さんを差し置いて先に盃に口を着け、しかも一気に酒を飲み干してしまった。 見れば盃の中は空っぽ。
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