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知らない男
乾燥した空気と寒さが街を覆う金曜日、行き交う人々は来るクリスマスに向けて何やら忙しない。
公務災害からの長期休暇を使い、この冬をゆっくり過ごすはずだった結城さんは、『お前でないと成立しない案件がある』と外務省から内密にオーダーが入り、「コンプラ無視」だとか「俺は公畜じゃねぇ」とかなんとか言いながらも一時的に職場復帰している。
そんな結城さんの為に、クリスマスの夜は手作りのローストチキンで祝おうと思い立った俺は、奮発してちょっとお高めな本格派料理を教えてくれるクッキングサロンに申し込み、
『誰もが驚く凄うまクリスマス料理を作ろう』コースを受講することにした。
で、今はその教室に向かっているところ。
───
「ええっと、地下鉄から直結のビルって、、、こっちか?」
いくつかの路線が交差する大きな駅の地下構内は迷路のようだ。
名の知れた教室だから目に着くところに案内表示があったんだろうけど、人混みに押し流されて見つけることができなかった俺は、ひとまず地上に出ることにした。
出たはいいけど、、、
スマホで確認したにも関わらず、
『このビル絶対違うだろ』的な外資系オフィスビルに入り込んでしまった。
フロアの正面にはゲートがあり、IDがなければその先には立入れない立派な建物だ。
踏み込んですぐ間違いに気づいたけど、外は寒いからフロアの隅でスマホ検索させてもらうことにした。
「レックスビル、レックスビルは
っと、、、あ、なんだ駅の反対側だったのか」
スマホに目を落としたまま歩き出そうとした目の前を黒い影が一度通り過ぎ、戻って俺の前に立ちはだかった。
「君」
声をかけられて顔を上げれば、やたら大柄で背の高い黒コートの男が驚いた様子で目を見開き、俺を見下ろしていた。
「はい?」
男の近くには、やはりコートやらスーツやらの男女が一塊となって男に合わせて足を止めている。
カジュアルな服装で紛れ込んだ俺を
会社のお偉いさんが見咎めたんだろうか。
俺は、慌ててスマホを下ろした。
「あ、す、すみません。
ビルを間違えてしまって。
すぐに出ますんで」
再び歩き出そうとした俺の腕を取った男はまじまじと見つめながら訊いた。
「どこのビル?」
いや、
そんなにいけないことだったか?
「レ、、、ックスビルです。
料理を教えてくれるサロンを探していたんで。
あの、すいませんでした、ちょっと急ぐので失礼します」
怖くなった俺は慌てて男の腕から逃れ、速足でビルの外へ出た。
何だ?
何だ何だ?
エントランスから中を振り返ると、男はガラス越しにまだ俺を見ている。
─ びっくりした、、、
明らかに日本人ではあったけど、まるで外国映画に出てくるイケメン俳優のような、堂々とした風体だった。
笹葉の形に縁取られた目は少しだけ色が薄く、吸い込まれそうなくらい綺麗で、、、
「存在感、、、結城さんばりに凄かったな」
男に全く見覚えのない俺は不可解に首を傾げながら歩き出した。
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