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何で俺
「あの」
草むしりの最中、付かず離れずの距離を保ちスマホをいじりながら付いてくる同じ課の結城さんに、俺は勇気を出して声をかけた。
───
じりじりと夏の陽が照りつける午前、
敷地周囲の生け垣沿いに草をむしりつつ移動していく俺に対し、結城さんも歩道を挟んだ街路樹の幹に背を預け、距離が空く度に木の幹を移りながらついてくる。
「どうした?」
「い、いや、なんか俺にご用でもあるのかなぁと思いまして」
スマホから顔を上げた結城さんは、上目遣いで空を見、『あー』と低く呟いた。
それから、
「、、、まぁ、あるっちゃある、かな」
手にしてたスマホを尻の後ろポケットにしまう。
「あ、、、だったら声かけてくれたら」
「したら仕事の手、止まるだろ?
お前と組むことになったってこと伝えるだけなのに」
仕事、、、
「あ?
あっ、ああーっ、そうだったんですね!
わざわざ気を遣ってもらっちゃって、、、へ、へへ」
「手」
「え?」
結城さんは軍手をはめてる俺の手を指差し、飄々とした口ぶりで言った後、腕を組んだ。
「留守んなってる」
「あっ、す、すいません」
俺は背伸びして生け垣の縁に生えている雑草をむしりながら結城さんの方へチラと振り向いた。
「お前」
「はい?」
「金に困ってるって?」
「あ、、、はい。
あれ? でも何でそれを、、、。
あっ、ああっ!」
水無月さん喋ったなっ
「異例採用のSIT要員、それだけでも時間を割かれるってのに夜の副業も探してるって?
あと住むとこも」
もう、、、。
普段口数少ないくせに、
人の負の事情になるとペラペラ話すんだから。
「実は、、、。そうなんです。
えっと、いろいろ事情があって」
途端に結城さんは機嫌良く頬を緩ませ、近づいて来る。
「でだ。
何なら俺が高給且つ時間融通の効くとこ紹介してやろうかなって思ってさ」
「そ、、、そんな都合の良い仕事なんてあるんですか?」
「あるある。
しかもお前超ラッキーだわ、三食時々昼寝付き、もちろん住まいも。
日給は、1、、、2万くらい。
んで今決めたら即採用」
副業で日給、、、1万っ??
いや今2万って言った、確かに言った。
「や、、、」
ざっくり過ぎる給料と待遇が気にはなったけど、
「やりますやります! それやります!
ぜっ是非紹介して下さいっ!」
俺は軍手のまま結城さんの手を取って握りしめた。
「何でもやりますから!」
───
で。
「副業って、、、結城さん家?」
その日の仕事帰り、警視庁からそう遠くもない小洒落た繁華街の裏通り、隠れ家的なショットバーの裏階段を二階まで上がった俺は、ドアを開けたところで結城さんから
『ここが第二の仕事場。
業務内容は俺との同居、簡単だろ?』
と言い渡された。
いや、、、、
「仕事内容が『同居』って」
一体何の為に?
その辺りを訊こうと振り向いたところで結城さんの顔の一部、その湿った何かが俺の頬に触れた。
「ひぃっ」
バッと身を引いて目を見開くと、
「よろしく」
詳細不明の『よろしく』と共に、結城さんが鋭った上品な眼を据えていた。
例えばさ、
家事やなんかをして欲しいんなら、いわゆる家政婦さんとかハウスキーパーとかを頼むもんじゃないの?
けど、
三食時々昼寝付き。
何より日給2万、、、
いや取り敢えずは1万だとしても、
「よ、、、よろしく、
お、おねおね、お願い、しま、、、す」
こんな割の良い副業を逃す手はない。
でも、、、
何で俺?
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