おかえりなさい

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おかえりなさい

その日、 とにもかくにも俺は桝谷さんのおかげで、難易度としては埋蔵金発掘レベルに等しい 『ちゃぶ台』を見つけ、教えてもらった惣菜屋さんで夕飯のおかずを値打ちで3品ゲットするという仕事を完璧に果たした。 自分で言うのも何だけど、初日にしては本当によくやった。 何往復かの買い物もさることながら、結城さんからの、『帰る』というメッセージを読んでの風呂沸かし。 いい感じに選んだ夏の惣菜三品は皿に移して一先(ひとま)ず冷蔵庫にイン。 結城さん所望の瓶ビールも本人が帰宅する頃には『唸る』ほどキンキンに冷えているはずだ。 まぁ、 唸るかどうかは本人次第だけど。 たったこれだけの作業が実はなかなか大変だった。 何しろシンク下から見つけた炊飯器は梱包されたまま手つかずの新品未使用状態だったし、鍋から始まってグラスやら箸やらがどこにあるかもわからず右往左往しながらのスタートだ。 結局、何一つ揃ってなくて買いに出る始末。 やっと今日をしのげる最低限が揃ったと思ったら、給湯システムがボタン押すだけの自動タイプじゃないから風呂湯を沸かすにしても一苦労。 長いこと使われてなかったっぽいバスタブを、仕方なく俺が持ち込んだタオルで擦り洗いし、水を張り終えるのを待ってガス栓を探す。 (ここで風呂水を溢れさせ、蛇口を閉める際に靴下を濡らした) 風呂の横に貼ってある説明書きステッカーを読みながら年季の入った黒いツマミをカッチャンカッチャン回して恐る恐る点火。 昨日まで実家暮らしだった俺は、風呂を沸かすだけの作業に四十分も費やした。 「あーもぅ、、、靴下」 濡れた靴下を洗濯機に放り込んでからバスタブを洗ったのと同じタオルで足を拭き、ついでに転がってるブリキのバケツに溢れかけた水を汲んでホコリだらけの床を雑巾掛け。 部屋の中央にある4本の柱の真ん中に組み立てたちゃぶ台を移動した後、その下にぺらぺらの座布団を2枚向き合わせで敷いた。 さすがに雑巾にしたタオルで台を拭くわけにも行かず、またもや持ってきた荷物から新しいタオルとマジックを探し出してきて、雑巾と見分けられるよう端っこに『ちゃぶ』と書く。 そんなこんなをしてる間に一階からバーのマスター、桝谷さんがビールケースを持って上がってきてくれたので礼を言って受け取り、軽く洗って汚れを落としてから先に収めていた惣菜の横に寝かせ入れた。 (冷蔵庫のドアポケットにはすでにウォッカだのジンだのが並んでいてスペースがない) 「暑っ、、、つ」 それら家事の合間合間にTシャツの襟ぐりを掴んで顔に滲む汗を拭いた。 初夏とはいえ、 エアコンのないこの部屋では街を撫でて入ってくる熱のこもった夕風だけが頼りだった。
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