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其の一「あの話」
ねえねえ、知ってる? あの話。
ほら、知ってるでしょ? あれだよ、アレ。
知らないはずないでしょ? アレだってば。
何の話だっけ?
そうそう、あの話。
どこにでもあるあの話。
どこにでもいるあの話。
そう、アレだ!
今日の夕食!、じゃなくて!
君に話したい話たちがあるんだ。
知ってるだろう? あの話たちだよ。君のすぐ近くにもある、そんな話。
君の住んでいる町はどこだい? 海の近く? 山の近く? それとも、都会のビルに囲まれたコンクリートの上?
残念、僕の行ったことのない町だ。
ねえ、その町には七不思議ってある? 僕の町にはねぇ。ちゃぁんと七つ、揃っているよ。
でもその話をしたいわけじゃないんだ。僕のしたい話はあの話。
ほら、あれだよ、アレ。
もうすぐ同窓会の案内状が届く頃だね。
僕たちの話をするよ。同窓会で誰かが話してくれる、とっておきの話。
そう、あの話。
一人一つ、とっておきの話を用意してください。
卒業式の日に約束したあの場所、あの時間でお待ちしております。
出欠は取りません。
そんな、同窓会の招待状が届く。
もう一度会おうと約束をした。それから何日も何週間も何ヵ月も何年も、別々の道を生きてきた。
一歩一歩、自分の選んだ道を自分の足で歩いてきた。
とっておきの話を用意しよう。
それは、自信を持ってとっておきだと言える話と出逢うということ。どんなに小さなことでもいい。自分がとっておきだと胸を張れる話と出逢うということ。
それに出逢えるまで、生きるということ。
一人一つ、とっておきの話を用意してください。
もう一度出逢う、再会する仲間たちにあなたの生きた証を見せてください。
それまで、どんなに孤独であっても生き続けてください。どんなに苦しくても、信じて生きてください。
此度、同窓会の招待状が届いた。
もうすぐ、あと少しで自分の番がやってくる。
でもごめんね。
まだ、とっておきの話が用意できていない。まだ、いくわけにはいかない。
お願い、みんな。あと少しだけでいいんだ。もう少しだけ自分に時間をください。
もう少しだけ、自分に生きる時間をください。
そう願って、招待状を机の引き出しに押し込んだ。
最期の瞬間が近づいてくる。
オワッタ、オワッタ、オワッチャッタ。
自分の死ぬその瞬間まで、あともう少し。
サイゴノシュンカン、ナニヲオモウ?
サア、トッテオキノ話ハ用意デキタカナ?
ジャア、ハジメヨウカ!
今宵の語り手は僕、眠りウサギ。
月は満月、水面に揺れる。
ゆらゆらユラユラ…
ゆらゆらユラユラ…
どんなに望んでも手は届かない。だって、僕の手は。
さあ、僕たちの話を聞いて。
ちっ
ちっ
ちっ
ちっ
ぽーん
ちっ
ちっ
ちっ
ちっ
ぽーん
ちっ
ちっ。(ぴ)
ちっ。(ぴ)
ちっ。(ぴ)
ぽーーーん
ちっ
ちっ
ちっ
ちっ
ぽーん
…
…
…
どこかで時報の鳴く音が響いていた。
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