其の二「あの病院」

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『あの肝試しから数日が経った。 私は今日も何事もなく会社へ出社する。 昼休憩の時間、お茶を啜りながらメールを開くと友人から連絡が入っていた。 (どうかした?) (今日、アタシの家来れる?) (うん、だいじょーぶ) (ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど) (おk。終わったら行くね) 「見てもらいたいものかぁ」 なんだろ? 湯飲みを洗いに席を立つ私の耳に、あるニュースが流れるのは届かなかった。 その日の終業後、私は慣れた足で友人の家へ行った。 家に着いてチャイムを鳴らすと、友人は疲れた顔で迎えてくれた。 友人と会うのは肝試し以来だ。 「お疲れ。上がって」 「うん、」 ソファで寛いでいると、友人がコーヒーを持ってきてくれた。私の大好きなミルクと砂糖たっぷりのお気に入り。何も言わなくてもスッと出してくれる位、私たちは親しい時間を過ごしてきた。 「ありがと。あつっ」 「貴女、いつもそれよねー」 「何回やっても学ばないんでー」 「ふふっ、はいはい」 ああ、よかった。笑ってくれた。 疲れてそんな顔してるあなたなんてらしくないわ。 「で、メールで言ってたのって?」 「うん、これ」 友人がテーブルの上に置いた物は、見たことがない万年筆だった。 「? これ、あなたの? 見たことないけど」 友人が好むような物でもなかったと思う。 「この前、動画の病院行ったでしょ? 電話が鳴ったあの」 「うん。それが? 何もなかったよね?」 「あの後あったのよ」 友人は話始めた。 あの病院で、私が鳴るはずのない電話に出ている時、友人は同じ机に置かれたメモ書きと万年筆を見つけた。 きっとこれが動画に出ていたメモだ。 あの日二人で観た動画は、同じように電話が鳴った後出なかった。その代わり、机に残っていたメモの番号にかけ直したのだ。 そしてその後、ガラスに看護婦の姿が写る。 おそらく、噂の看護婦じゃないかと思う。 実は、二人が入った部屋の扉には「立入禁止」のテープが貼られていた。 何か事件があったということだ。あの病院で起こった事件と言えば、看護婦と医師の心中事件。 動画の看護婦はその看護婦で確定だろう。 で、私が電話に出ている間見つけたメモの横に置かれた万年筆を手にとって見ていたらしい。 そして、思わず。本当に思わずそれを持ってきてしまったのだと言う。 その万年筆が、今テーブルの上に置かれているそれ。 私を呼んだのは、一緒に万年筆を病院のあの部屋へ戻しについてきて欲しいのだという。 「行くけど、何で急に?」 「あのね、これ」 そして、次にテーブルに置かれた物に私は言葉を失った。 ばさりと音を立てて置かれた物は、大量の手紙であった。 「うわなにこれ」 「手紙」 「いや、見ればわかるけど」 「病院から帰ってきてから届くようになったのよ」 「はい?! 全部?」 「全部よ。しかも、中身がマジヤバ」 中身? 1枚を手に取って広げて見ると、頭に1つの単語が浮かんだ。 ストーカーだー!!!』 大量のラブレター。送り主は知らない人。 よくある話じゃない? それに困るっていう話も、よくある話じゃない? よくある話なんだよ。ただ違ったのは、それがどこから来ているものなのかってこと。 『私が見た手紙にはこう書いてあった。 『一目見てあなたの可愛らしい笑顔に惹かれた』 更に次の手紙。 『細く美しい指をお持ちだ』 更に次。 『綺麗な目をしている』 次。 『よく手入れされた髪と爪だ』 つぎ 『ピアスはよくない』 つ 『バランスの取れた体型だが、もう少し筋肉を減らそう』 … 『その日焼け止めは肌に合っていない』 私の顔は既にチベットスナギツネと化していた。 「…よくモテてるね」 「違うわ。これ、おかしいのよ」 「えっとー…何が?」 私はもう考えることを諦めていた。 「まずわね、手紙の封筒見てみて。全部同じだから1枚だけでいいわよ?」 私は見た。 見たことがある住所だった。そして、差出人。 消印は なかった。 「…これ、おかしいね」 「そうでしょ?」 書かれた住所は病院のある場所だった。それも、あの廃病院のものである。 そして、差出人は男性の名前。 「アタシね。あの後この手紙が来るようになって事件のこと調べてみたのよ。そしたら」 心中事件の看護婦と医師は死亡している。 医師の名前は 「この差出人、その医師の名前と同じなのよ」 偶然? 「それに気持ち悪いわ。男からこんな手紙来るなんて」 アタシ、男なのに。 そうだ。私の友人は見た目ガッツリムキムキ男性だ。 言葉づかいや雑貨とかの好みだけは女の子だけど、れっきとした男性。オネエっていうの? 詳しいことは知らないし、全く気にしていない。だって、大事なのは「彼」が私の大切な友人だってこと。 とにかく、男性が男性に対して「可愛らしい笑顔」「細く美しい指」とか言うだろうか? それに、なんかやけに体について褒めてるみたい。 ようは、キモい。 「内容がこれだから」 かたん 郵便口から音がした。 私はすぐにそっちを、郵便が来るはずの入り口の方を見た。 「今、郵便が」 「まって」 彼が私の手を強く握った。 手が、震えていた。 「あの病院から帰ってきてから、ずっと届くのよ。こんな手紙が。今みたいに」 かたん また、郵便口から音がした。 誰か、いるの? 誰か、手紙を届けているの? 誰か、手紙を入れているの? 今? 「気持ち悪いわ」 そうだ。気持ち悪い。 「止めないといけないよ」 テーブルの上の万年筆を見る。 万年筆には、手紙の差出人と同じ名前が刻まれていた。 きっかけは、きっとこの万年筆。 「返したいんでしょ? これ」 私は笑って、彼の大きな手を握った。 答えはわかっていたのよ。 万年筆を元の所へ返せばこの手紙は止まるんだって。 一応、そのとき郵便口に入れられた手紙を廃病院へ向かう車の中で開いてみた。 すぐ閉じた。 他の手紙と一緒にコンビニの白いレジ袋に詰めた。 帰りにでも、コンビニに寄って捨ててこよう。うん。 その手紙には 『あなたの体はとても魅力的だ』 『だから、僕の万年筆を返して』 と書かれていた。 万年筆を返してと言うだけなのに、こんなストーカー染みた「ラブレター」を大量に送りつけやがって。』 ストーカーさん、そんなに万年筆を返してもらいたかったのかな。本当に? じゃあ、このラブレターは何で書かれていたの? 返して欲しい万年筆で書いたんじゃないの? ストーカーさんは、何を返してもらいたかったのかな。 『廃病院に着いて、部屋へ行って。あの時と変わらない机の上に私たちは万年筆を置いた。 電話が鳴らないうちに病院を出た。 手紙がぎっしり詰まった白い袋は、角のコンビニのゴミ箱へ入れてきた。 すまん、コンビニ店員くん。 私たちは彼の家へ戻り、いつものようにひとつの同じ部屋で眠りについた。 郵便口からは、もう新たな手紙が届く音は聞こえなかった。 今回の「ラブレター事件」が相当堪えた私たちは、しばらく軽い気持ちでホラーを観たり肝試しをしなくなった。 廃病院へ行っちゃだめ。 廃病院で鳴った電話に出ちゃだめ。 更に、その電話にかけ直しちゃだめ。 更に更に、電話の近くの万年筆なんて持ってきちゃだめ。』 そうだよ。 軽い気持ちでコッチノセカイを見ちゃいけないんだ。生きてる人と生きてない人。同じ場所に立ったとしても存在してるセカイがずれてる。 解るでしょ? 「生きてる」と「死んでる」は状態が全く違う。状況が全く違う。互いに触れられない。知ってるでしょ? それでも出会って、つきまとわれるというのなら、どちらかがどちらかに片足を突っ込んでしまった。とでも言うのかな。 とにかくね。見ちゃいけないんだよ。近づいちゃいけない。 コッチニクルナ ソッチニイキタイ このやり取りだって、できればしちゃいけないんだ。でも、アッチのセカイがあるかもしれないってことは知っておくべきなんだ。 いつかは、僕たちだってお世話になるんだしね。 さあ、この話を締めようか。 『後日、私は知り合いのストーカー相談を受けた。 不気味な手紙が来るんだって。どこかで聞いた話だと思って手紙を開いたら、彼に送られて来たラブレターとほぼ同じ内容。 お嬢さんや。どこかの病院に肝試しに行きはしませんでしたかい? チベットスナギツネは知り合いである彼女に尋ねた。 はぁ?行ったけど…? そこで万年筆とか、拾ってきませんでしたかい? 拾ったかもだけど、それが何? 私は自分たちに起こった「ラブレター事件」を彼女に話した。 話したけど。 「はぁ?そんなことあるわけないじゃん。 相談して損した」 彼女は私を信じなかった。 多分、万年筆はあるべき所に戻らなかったんだろうね。 それから一週間もしない内に、彼女は行方不明になった。 そして、発見された。 見るも無惨なバラバラな形で。 鼻の形が可愛かった彼女。 鼻がなかった。 長い髪が綺麗で自慢だった。 バサバサに切られ、ショートになっていた。 足がすらりと伸びていた。 片足なかった。 彼氏に指輪を貰ったと幸せそうに話していた。 指ごと指輪はなくなった。 ヘビースモーカーであった彼女。 肺がズタズタに切り裂かれていた。 妊娠したと最近報告をされた。 …赤ちゃん… 私はあの気持ち悪い「ラブレター」に込められた意味に気づいた。 万年筆を返して欲しい。結局最後はそうなのかもしれない。 でも、私がずっと感じていた得体の知れない気持ち悪さ。 この「ラブレター」を送った医師の「ラブ」は、「体の部位」に対して。 心中事件の医師は、外科医だった。 知り合いの彼女は、手紙で指摘された部分を持っていかれ、気にくわない部分は潰された。 「あなたは素敵だ」の言葉の裏には、「あなたの身体は物体として素敵だ」という闇が潜んでいた。 可哀想に、こんなことになるなんて。 彼女の葬式に参列して私は涙を流す。 「私のこと、もっと信じてくれてたら」 こんなことにはならなかったのかもしれない。 「ダメよ。あの子は貴女を信頼してなかったもの」 アタシみたいに手を伸ばすことも、繋ぐこともしなかったわ。 私の隣には、彼が手を握って一緒に立ってくれている。 貴方を守れてよかった。 貴女を信じてよかった。 貴方が隣にいてくれてよかった。 貴女がアタシを見てくれてよかった。 あなたがあなたでいてくれてよかった。』 そういう、話。 ぷるるるるるる… ぷるるるるるる… ぷるるるるるる… 電話が鳴っている。 コチラハ、×××病院デス。 オカケニナッタ電話ハ、現在使用サレテイ… 電話が、何処かで鳴っている。 何処かで、電話が。
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