第3話 兵士としてすべき事とは

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第3話 兵士としてすべき事とは

 翌日のロレンツォには、やはり仕事がある。しかし遅番のため、朝は少しゆっくりだった。  ロレンツォは隣で眠る、小さな少女を見る。コリーンはくうくうと寝息を立てて眠っていた。裸を見られるのは恥ずかしいらしいが、一緒に眠るのは平気のようだ。微妙な年齢である。 「というか、何歳だろうな」  それに、これからどうするか、である。  ロレンツォは悩んだ。本来取るべき行動は、今ロレンツォが(おこな)っている事ではない。兵士としては、上司に報告して強制送還させる。もしくは、彼女を引き取り居住税を代わりに負担する。そのいずれかだ。 「家賃、いくら跳ね上がるかな……」  居住税を払いたくないからと内緒でかくまった場合、ばれた時には騎士への昇進は絶望的だ。そんなリスクを冒してまで保護は出来ない。やはり、どちらかに決めなければならないだろう。  しかし、ロレンツォの懐は寂しい。稼いだお金は家に仕送りしているのもあって、ギリギリの生活だ。コリーンに買ってやった服も靴も、かなりの痛手である。一緒に暮らすとなれば、どうあっても支出が増えてしまう。  家賃の支払い日は、明後日に迫っている。あまりのんびりしている暇はないな、とロレンツォはペンを手に取った。  ロレンツォは手紙を書く。宛名は、目の前で寝ているコリーンだ。  手紙を書き終えると、ロレンツォはコリーンを起こして食事を取り、一緒に出掛けた。その際、ミュールを見せてやると、キラキラと目を輝かせて喜んでくれた。  少し値は張ったが、可愛い方を選んで正解だったとロレンツォも微笑する。子どもと言えど、女が喜ぶ姿を見るのは楽しい。  ロレンツォはミュールを履いたコリーンを連れて、図書館にやって来た。そこでコリーンの国の言葉の辞書を探し出し、自分の図書カードでそれを借りる。ちなみにこの図書カードは、ファレンテイン人でないと作れない。  空いたテーブルを見つけると、借りたばかりの辞書を置いて、コリーンをその前に座らせた。そしてロレンツォは、今朝書いた手紙を取り出す。 「いいか、コリーン。俺は今から仕事に行かなきゃならない。この辞書で、この手紙を読んでくれ」  ロレンツォは手紙を自分で開き、最初の文字を辞書で引いてあげた。  コリーンは理解出来たようで、首肯してくれている。 「じゃあな。行ってくる」 「ケラルン、アイルク。アトゥクノ オカ キル」  何を言っているのかさっぱり分からなかったが、その表情を見るに、やる気満々といった感じである。ロレンツォが去る仕草をして、手を振って言ってくれたので、最後の言葉は「行ってらっしゃい」だろうか。前日にも言った「行ってくる」というロレンツォの言葉を覚えていて、結びつけたのかもしれない。やはりあの子は頭が良い。  手紙の内容は、あまり難しくしなかった。  手紙を解読したら、手元の辞書を持って家に帰る事。  昼ご飯は家にある物を何でも食べればいい。  人前で自国語を喋らない事。  それと最後にひとつだけ質問をした。 『コリーン、お前は自国に戻りたいか? ここに住みたいか?』  ロレンツォは、その決断をコリーンに委ねた。もし帰りたいならば、その意思を尊重すべきだ。自分の勝手な解釈で、ここに留まらせるべきじゃないだろう。  逆に、ここに住みたいと言われたら。  乗り掛かった船だ。今さら拒否など出来ない。どうにか金を工面して、一緒に暮らすしかない。  だが、現実は厳しい。  仕事の合間に、異国民がファレンテインに一ヶ月滞在した場合の税金を調べて計算してみた。  一泊三千ジェイア。一ヶ月なら……九万ジェイアだ。兵士で稼ぐ金の、ほとんどを持っていかれる。親に仕送りを止めても、貯金を止めても、いくら倹約しても。絶対に不可能な数字を叩きつけられて、ロレンツォは頭を抱えた。  何かアルバイトでもして金を稼ぐか。しかし兵士の勤務時間は不規則だ。決まった時間にアルバイトはできないだろう。第一そんな事をしていては、自分の勉強する時間が減ってしまう。  手詰まりだ。あんな手紙を書いておいて、ここに居たいと言われた時、やっぱり自国に帰れとは言えない。どうにかしなければ。  その時、ふと同僚の言葉が頭を過ぎった。 「それしかない、か……」  一人呟くと、帰りがけに役所へと寄った。そして北水チーズ店で頼んでいたチーズを受け取り、コリーンの待つ家へと帰ってくる。 「おかえり! ロレンツォ!」 「……ああ、ただいま」  おかえりという言葉を辞書で引いたのだろう。コリーンはにこにこしながら、ロレンツォの手にある袋を見て目をキラキラさせる。 「これはチーズ、おいしい」 「ああ、土産だ」 「み、や、げ? みやげ、みやげ」  そう言いながら辞書を引くコリーン。意味が分かると、ロレンツォの持つ袋を奪い取って行った。 「土産、ありがとう、土産!」 「俺も食べるけどな」  ロレンツォは苦笑いしながら部屋の中に上がった。  テーブルの上には、沢山の書き込みがされたノートが乗っている。新品のノートの、半分が既に使われていた。 「これは?」  その隣に『ロレンツォへ』と書かれた手紙が置いてあるのに気付いて、手に取った。 「手紙、書いた。読んで」  言われるがまま、ロレンツォは手紙を開く。  書き慣れない文字のためか、筆跡はグチャグチャで、文法も間違っている。しかし、内容は理解できた。  まず、助けた礼を述べてくれていた。  チーズが美味しかった、服と靴が嬉しかったと書かれている。  そして最後に、自国には戻りたくないと書かれていた。  ここにいたいと書かなかったのは、ロレンツォに遠慮があるからだろう。  ここで暮らすには、コリーンの選択肢は一つしかない。  それは、ロレンツォと、結婚する事だ。  ロレンツォは先ほど役所から貰ってきた紙を、コリーンに見せた。 「コリーン、ここに名前を書いてくれ」 「名前、書く? 分かった」  コリーンに自筆で名を書かせる。敢えてロレンツォは、何の説明もしなかった。これが婚姻届である事を説明すると、ややこしくなりそうだ。それでなくとも言葉がろくに通じない。  ここで異国民が暮らすと、膨大な金がかかるという事。結婚することでファレンテイン人になれる事。ファレンテイン人になれれば、色んな事が優遇される事。十年未満の離婚ではファレンテイン市民権を剥奪されるが、十年以上ならば生涯に渡り市民権が得られるという事。  ロレンツォはそれらの説明を、今は必要なしと考えた。  コリーンはまだ幼く、理解出来るか分からない。それに言葉も通じない中、これらを説明するのは大変である。勝手に決めて申し訳ないとは思ったが、その方がコリーンに好きな相手が出来た時、言い訳しやすいかもしれない。自分の意思で結婚したわけではないのだ、と。  ロレンツォはその紙に、コリーンの年齢を書き入れた。ファレンテイン貴族共和国では十六から結婚出来る。故に、十六歳と書いた。  もっともこれは、年齢詐称には当て嵌まらない。他国民との婚姻の際、相手には住民票が無いため、例え間違った年齢を書いても気付かれないのだ。実際、年齢を数えない部族との婚姻の際には、適当に年齢を決めて書くというし、問題は無いだろう。  実際、コリーンの年齢を知らないわけだしな。  聞けば教えてくれるだろうが、聞くつもりはなかった。何か言われた時には知らなかった、十六歳くらいだと思っていた、で押し通すつもりだ。かなり無理はあるが、数年の辛抱だろう。  次にロレンツォは、己の名前と年齢を書き入れる。  ロレンツォ、十七歳。  まさかこんな年で結婚する事になるとは思わなかった。コリーンを思えば、彼女が市民権を得られる十年は、婚姻関係を結んでおかなくてはならないということになる。  十年間、俺も誰とも結婚出来ないという事だな。  十年後、ロレンツォは二十七歳である。 村での結婚適齢期が二十歳だという事を鑑みると、かなりの晩婚になる。 「仕方ない。俺も腹を決めよう」  今さらコリーンを放り出せるはずもない。そう一人呟いて書類の必要事項を記入していく。そんなロレンツォの姿を、コリーンは不思議そうに見ていた。
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