第39話 睡眠不足を取り返すかのように

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第39話 睡眠不足を取り返すかのように

 しばらくして、コリーンは再びロレンツォ邸に住まうこととなった。  それからは記者に追い掛けられる毎日が続いている。ロレンツォは、記者に何の説明もしていないようだった。なんと説明していいのかわからないのだろう。  コリーン自身も困った。恋人とも言えず、家政婦とも言えない。副業禁止の教職に就いていながら、家政婦をしていると大っぴらには言えないからだ。  しかし、ロレンツォはコリーンが来てからグッスリと眠れていた。最近では一緒にベッドに寝転ぶと、一瞬でロレンツォは眠りこけてしまっている。まるで今までの睡眠不足を取り返すかのように。  ロレンツォが眠ると、コリーンは朝食の下ごしらえをしてから自室に戻り、明日の授業の準備をしてから眠りにつく。朝起きると、いつの間にかロレンツォがコリーンのベッドに入ってきていることもあった。  きっと、コリーンでないと眠れないのだ。別の女性だと駄目なのだろう。ロレンツォのことだから、試してみたに違いない。  そしてこの環境を許容できる女性が、ロレンツォの奥さんになれる。そんな寛容な女性が現れるのかどうか、甚だ疑問ではあるが。 「来週の日曜日だが」 「うん?」  共に夕食の後片付けをしながら、ロレンツォが言った。  なんだかんだと、ロレンツォは一緒に家事を手伝ってくれる。コリーンとしては家政婦として来た以上、ロレンツォにはなにもさせたくなかったのだが。 「ちょっとノルトに里帰りしたいんだ。コリーンも来てくれないか?」  そう言うロレンツォは、なんだか嬉しそうである。 「うん、いいけど。どうしたの?」 「少しな」  少し、なんだろうか。言い濁しながらも嬉しそうなロレンツォが気になるが、別に断る理由もない。 「ロレンツォ、いい事でもあった?」 「そうだな。あった」 「なに?」 「お前が、俺の元に来てくれたことだ」 「あ……そう?」  そんなに眠れるようになったことが嬉しいのだろうか。ここに戻ってきてよかったと思わせるための言葉かもしれない。そう言われて悪い気はしないが、どうにもこそばゆい。 「コリーン……」 「ひゃっ!?」  唐突にキスをされ、コリーンは持っていたコップをゴトリと落としてしまう。 「ロレンツォ、いきなりやめてよ!」 「はは、すまんすまん」  コリーンは割れずに済んだコップを洗いあげ、ロレンツォに手渡した。彼はそれを布で丁寧に拭きあげる。  この家に戻ってきてからというもの、やたらと接触が多い。今のようなキスはもちろん、いきなり胸を揉まれたこともある。ロレンツォなりの慰めのつもりなのだろう。この先、結婚しないであろうコリーンへの。こんなことをされては、体が疼くばかりでつらいだけなのだが。 「今日は一緒に風呂に入るか?」 「はあ? やだ」 「そんなに邪険にするなよ。別にいいじゃないか」  ロレンツォのセクハラが、最近、より一層酷くなっている。これは都合のいい女と思われているのだろうか。長かった禁欲生活の反動でこうなってしまったのなら、責任は感じる。なので多少のセクハラには耐えるが、さすがに一緒にお風呂は無理だ。 「絶対に、嫌!」 「そうか、仕方ない。徐々に慣らしていくか」 「……」  慣らされてしまうのだろうか。平気でロレンツォと一緒にお風呂に入っている姿を想像して、コリーンは引きつった。そうなってしまいそうな自分が怖い。 「そうだ、聞きたかったんだが、俺はいびきでもかいているか?」 「え? ううん、かいてないと思うけど」 「じゃあ、一緒にいると眠りにくいのか?」 「どうして?」 「いつも目が覚めると、コリーンは自分の部屋で眠っているからな。できれば朝まで、ずっと一緒にいてほしいんだが」  夜中に目が覚めた時、コリーンがいないとやはり寝付けないのだろう。いちいちコリーンの部屋に来るのも面倒に違いない。  しかしロレンツォの傍でずっといると、おかしな気分になって仕方無いのだ。あまり一緒にはいない方が良い。ロレンツォに奥さんが出来た時など、どうするつもりだ。朝まで一緒に眠るのが当たり前になってしまっては、その時に困るではないか。今のうちから離れる努力をしておかなくては。 「朝まで一緒にっていうのは、無理だよ」 「どうしてだ?」 「どうしてって……わかんないの?」  洗い物を終え、タオルで手を拭きながらロレンツォを見上げると、彼は「わかった」とまたも嬉しそうな笑みを漏らす。 「俺といると、体が火照るからだろう?」  理由の半分を言い当てられてしまい、コリーンは顔を真っ赤に染まるのを感じた。 「なっ、そっ、ちがっ」 「当たりだな」 「そ、そんなじゃな……」 「照れるなよ。俺も悪かった。コリーンが傍にいると、すぐ眠気に襲われてな。別に俺が眠っていても、襲ってくれて構わないんだぞ。自慰も、自分の部屋に戻らなくても俺の隣ですればいい」 「なーーーーーーーっ」  コリーンは思わず手にあったタオルをロレンツォに叩きつける。タオルはバシバシと音を立てて、ロレンツォの体を何度も直撃した。 「はは、図星だな」 「ロレンツォのバカッ!! 嫌いッ!!」 「コリーンは可愛いな」  ロレンツォはコリーンの持っていたタオルを取り上げると、再び唇を落としてきた。それを拒否もせず受け入れてしまう自分も自分だと、コリーンは少し情けない気分になる。 「落ち着いたか?」 「……うん」  ロレンツォが性にオープンなのは、今に始まったことじゃない。極力気にしない方向で過ごすのが一番だと自分を納得させる。 「じゃあ、風呂に入ってくる」 「うん」 「いつでも入ってきていいからな」 「行かないよ」  コリーンは苦笑いするも、ロレンツォは楽しそうに風呂に入っていった。  ロレンツォが風呂を出ると、今度はコリーンが入る。そして風呂から上がると、ロレンツォはいつものように本を読んでいた。黒縁眼鏡を掛けて。髪を垂らして。  コリーンも髪を乾かし、自身の勉強を始める。しかしなにほども進んでいないところで、ロレンツォが煙草を手に取った。いつもよりも一時間以上も早い時間である。  コリーンはいつものようになにも言わずに、その煙草を燻らす姿を眺めた。今日のロレンツォは、やはりどこか楽しそうで、嬉しそうだ。 「寝よう」  手元まで燃え尽きると、ロレンツォは煙草を押し潰してそう言った。コリーンは本を片付けて立ち上がる。そしていつものように共にベッドに入った二人だったが、そこから先がいつもとは違った。  すぐに寝入ってしまうはずのロレンツォが、コリーンの髪を優しく撫でて微笑を向けてくる。 「今まで一人でさせてしまっていて、すまなかったな。今日は……する」 「え? ロレン……」  それ以上を言う前に、唇を塞がれてしまう。初めて与えられるロレンツォからの深いキスに悩殺され、コリーンはなにも考えられずにただ受け入れていた。  ロレンツォの、全てを。
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