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3 本当に貴女ですか
――侯爵領に出没していた賊をミドルダム侯爵が主導して捕え、その功績を元に娘のアレットと僕との婚約に結び付けたい。
それが、父上と母上の思惑だったらしい。
侯爵がモタモタしていてくれたおかげで、僕とアレットとの婚約話はまだ正式には進んでいなかった。
今回の一件で賊を制圧できなかったミドルダム侯爵の肩身は狭くなり、放っておけば自然に婚約の話はこのまま立ち消えとなるだろう。
ダンシェルドとの国交が再び結ばれるならば、エステルとの婚約を結び直すことができるのではないか。
そう考えた僕は、父上をつかまえて詰め寄った。
両国の険悪だった五年間を清算するために、再びエステル・ダンシェルドと僕の婚約を結ぶ。
それをきっかけに新たに二国間の関係を再構築していくことができれば、両国にとって最高の流れじゃないか。
しかし五年もの間、ダンシェルドとは一切の交流がなかった今の状況では、僕の愛しいエステルが今どうしているのか全く分からない。
残念ながら、彼女に関する情報は何一つ入ってこなかった。
「もしかしたら、エステルはもう別の相手と結婚しているかもしれないぞ」
兄のアンドリューが意地悪く言う。
「兄上! エステルは今、十七歳のはずです。まだ結婚はしていないと思います!」
「だが、婚約者くらいはいるかもしれないじゃないか。正式にダンシェルドと国交を結び直すことになったとは言え、これから準備や手続きにも時間がかかるぞ。お前は大人しく、アレット・ミドルダム嬢と結婚しろ。何もあんな得体の知れない後進国の王女など娶らなくても……」
このタイミングで第五王女のコートニーが愚図り始めなかったら、僕は兄を思い切り殴っていたかもしれない。
……兄上は知らないんだ。
エステルがどんなに素敵な女性なのか。
再びエステルに会える日を心待ちにしながら、僕は彼女に恥ずかしくないよう、これまで無駄にしてきた時間を取り戻そうと必死で努力した。
早朝から剣術の訓練に励み、日中はひたすら勉強。夜は社交や会議に顔を出して見識を深め、それが終わると再び訓練で汗を流した。
久しぶりに会うエステルに幻滅されたくない。もう一度僕と婚約したいと思ってもらえるように、僕はあらゆる努力を重ねた。
そして、その一年後。
僕は二十歳、エステルは十八歳。
セイデリア王国とダンシェルド王国は正式に国交を正常化し、呪いの森も浄化され、以前のように双方の国を行き来できるようになったのだった。
◇
二国間の国交正常化を記念するお祝いの夜会が、セイデリアの離宮で行われることになった。宰相に無理を言って調査をしてもらった結果、エステル・ダンシェルドはまだ結婚も婚約もしていないらしい。
その調査結果を聞いた瞬間、僕は自室のバルコニーから海にダイブしそうなほどの高揚感に包まれた。
ほら見ろ! アンドリュー兄上の言ったことは間違っていた!
エステルだってきっと、離れている間も僕のことを想ってくれていたに違いない。そう信じたい。
もしエステルがセイデリアに来てくれていれば、今晩の夜会で約六年振りの再会となる。
六年も経ってしまったのだ、きっとエステルの外見は大きく変わっているだろう。十二歳の頃とは比べ物にならないくらい更に大人びて、美しくなっているかもしれない。
人の内面の美しさというものは時が経っても変わるものではない。
僕は、子供の頃にエステルが言った言葉を思い出す。
――『人の本質は、変わらないものです。例えフェリクス様が大人になって見た目が今と変わってしまっても、中身は私の大好きなフェリクス様であることには変わりないんですよ』
僕が惹かれたのは彼女の外面の美しさだけじゃない。
彼女の優しさ、穏やかさ、朗らかさ、いつも一生懸命で健気な姿……彼女の魅力を挙げ始めたらキリがない。
外見が変わっていたとしても、エステルはエステル。
もう一度彼女に会えば、僕は再び恋に落ちるだろう。
再会したらその場で彼女に結婚の申し込みをしたい。六年越しの僕の想いを、彼女は受け入れてくれるだろうか。
◇
「ダンシェルド王国、国王ルベリオ様、王女エステル様のご到着です!」
離宮の広間の入口で、愛しい彼女の名前が呼ばれる。
――ついに来た!
広間の扉が開き、ダンシェルドの伝統的な民族衣装に身を包んだダンシェルド国王陛下が入って来た。
割れんばかりの拍手で迎えられた国王陛下のすぐ後ろには、きっと僕の愛するエステルが続いているに違いない。
彼女が僕のことを覚えていてくれるならば、きっと薄紅色のドレスを着てくるはずだ。「エステルには薄紅色が一番似合う」と伝えたら、ドレスと同じ色に頬を染めたエステルの顔を、まるで昨日のことのように思い出す。
さあ、国王陛下の後ろから女性が一人入ってきたぞ!
彼女が着ているのは、ほんのりと色づいた淡い薄紅色のドレス、淡い色……の……ドレス…ではないみたいだね。あれ?
ちょっと思っていたのとは違う展開だけど?
僕の目に入ったその女性は、栗色の髪をカールさせてアップにまとめ、ギラッギラにドぎつい化粧をした女性だった。
国王陛下と同じく、真っ赤で派手なダンシェルドの民族衣装を身に着けている。控え目に言って真紅。薄紅色どころじゃない。
その女性の衣裳は体のラインに沿ったスレンダーな作りで、体の動きも全てが分かる。人間の尻とは思えないほどの左右の動きで尻をフリフリとさせながら、少し顎をあげて偉そうな態度でゆっくりと広間に入場してきた。
(あの人は、エステルじゃなさそうだな。あれ? もしかしてエステルには双子の姉妹でもいるのかな? 聞いたことないが……)
遠くにいるその女性を、目を細めてじっと見ていると、彼女の更にその後方に、見覚えのある顔の騎士が入ってきた。
「……あれは、イルバートじゃないか?!」
女性の後ろに付いているのはまぎれもなく、エステルの護衛騎士を務めていたイルバートだった。
(イルバートが付いているということは、あのケバケバ女性はやはりエステルなのか?!)
真実を確かめようと、彼女に駆け寄……る前に、とりあえずダンシェルド国王への挨拶が先かな。そうだそうだ、嫌なことは後回しにしよう。
僕は完全に怖気づいてしまっていた。
◇
「ダンシェルド王国国王陛下、セイデリアの第二王子フェリクスでございます。ご無沙汰しております」
挨拶をしながら、国王陛下の肩の向こう側にいる女性の方にこっそり視線を向ける。キョロキョロフリフリしながらこちらに向かって来る女性は歩くのが遅くて、なかなか僕たちのいる場所まで到着しない。
(ちょっと待ってくれ、ダンシェルド国王陛下にエステルのことを確認するまで、君はこっちに来ないでくれ)
恰幅の良いダンシェルド国王陛下は、僕を見ながらガハガハと笑いながら言う。
「これはこれは、フェリクス殿! 久しいですな! 六年前は、娘のエステルを突然こちらに連れ帰ってしまい申し訳なかった」
「いいえ、気になさらないで下さい。本日はめでたい席です。双方の国にとって前向きに、改めて良い関係を築いていけたらと思っています」
「そうですか。フェリクス殿も大きくなられて頼もしくなられましたなあ。ああ、そうそう。今日はもちろんエステルも連れて来ました。是非フェリクス殿にもお会いいただきたい」
そう言うとダンシェルド国王陛下は後ろを振り返り、非常に遺憾なことに、先ほどの化粧ケバケバお尻フリフリ女性に声をかけた。
(やっぱり、あの子がエステル……なのか……?)
おおう……こっちに近付いて来る。化粧が、近付いて来るぞ。
僕のエステル! 君は、君は一体どうしてしまったんだ!
頭を抱える僕の目の前に、真紅の民族衣装の女性が艶めかしく立った。
化粧だけじゃない。なんだか香水の匂いまでプンプンと漂って来る。
化粧に……飲み込まれるぞ……!
女性は僕を見てフンと鼻を鳴らして言った。
「あーら! 貴方はフェリクス殿下じゃございませんことぉっ?! 随分とお久しぶりですわね。オーホッホッホっ!!」
……誰だよ、『人の本質は変わらない』なんて言ったのは。
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