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4 彼女の変化の理由
久しぶりに再会したかつての婚約者同士、積もる話もあるだろうと言われ、僕はケバケバ王女と共に離宮の庭園を散歩して回る羽目になってしまった。
このケバケバ王女、確かに髪の毛はエステルと同じ栗色だ。
ドぎつい化粧にすっかり埋もれてしまって見えないが、目鼻立ちにもエステルの面影が残っている。
本当に彼女は、エステル・ダンシェルド本人なのだろうか?
嫌だ、絶対に認めたくない。
僕はこの六年、彼女に幻想を抱きすぎていたのかな?
エステルと再会した瞬間に、僕はまた彼女に恋に落ちると思っていたのに、現実はそう甘くない。恋に落ちないどころか、腑にも落ちないよ。
自分の気持ちを整理できないまま、とりあえず彼女に腕を出してエスコートする気配を醸し出してみた。
僕が差し出した腕を取る前に、ベッタリと塗られたアイシャドウとまつ毛がバサバサと瞬きをする。舞台女優ばりに濃い眉を眉間にぐっと寄せ、彼女は僕を睨みつけた。
「六年振りに再会したというのに、もう少し何かないんですの?」
「……へっ?」
「ほら。懐かしいねとか、会いたかったよとか。ずっとエステルのことを想っていたよ、とか。そういうセリフは一つも出て来ないんですの?!」
ドレスと同じ色の真っ赤な口紅がベッタリと塗られた唇が、これでもかというくらい僕に悪態をついてくる。
「あっ! ええっと……とっても懐かしいデスネ」
……しまった、僕は完全に混乱している!
機械人形のような僕のたどたどしいセリフに、エステルらしき女性は鼻の穴を広げて憤慨した。
「フェリクス様! もしかして、わたくしの事なんてすっかり忘れて、他のご令嬢と恋仲になったりしてませんでしょうね?!」
どうしよう。僕は今、エスコートしている腕を思い切りつねられている。
「痛っ……痛い、エステル王女殿下……」
「…………! まあっ、なんとよそよそしい呼び方でしょう! 昔は、エステルと呼んで下さってたではありませんか!」
「いや、そうじゃなくて……ちょっと久しぶりすぎて見違えたというか、すごくお美しくナラレマシタネ」
庭園に入ったばかりでまだ案内もほとんどできていないというのに、僕はエステルっぽい女性の機嫌を損ねてしまったようだ。これでもかという程力いっぱいつねられた腕はポイっと放され、彼女は尻をフリフリ、護衛騎士イルバートの方に戻って行ってしまった。
(はあ……。一体なんなんだよ)
僕はどうすれば良かったんだろう。
貴女は本当にエステルなのか、と確認すれば良かったのか? そんなことをしたら、もっと機嫌を損ねそうだったじゃないか。
六年間、エステルのことだけを考えていた。他の女性なんて目にも入らなかった。
ひたすら恋焦がれ続けたエステル・ダンシェルド。
……こんなはずじゃなかったのに。
再会したら二人で感動の涙を流し、再び婚約しようと言ってお互いを抱き締め合う。そんな美しい再会を夢見ていたんだ。
どうしてこうなってしまったんだろう。
◇
「……フェリクス殿下」
僕が庭園のベンチで頭を冷やしていると、離宮の方から一人の男性がおずおずとやって来た。
「お前はもしかして、イルバート……か?」
「はい、イルバートでございます。フェリクス殿下、ご無沙汰しております」
イルバートは僕に対して深々と礼をする。
ちょうどいい、護衛騎士としてずっとエステルの側にいたはずのイルバートなら、彼女の詳しい事情を知っているんじゃないだろうか。
先ほどの化粧ケバケバのエステルもどきの彼女のことを、根掘り葉掘り聞いてしまおう。
「イルバート。単刀直入に聞く。先ほどの女性は、間違いなくエステルなのか?」
「……はい、そうです。フェリクス殿下がエステル様のお姿を見て、さぞや驚いてらっしゃるのではないかと思いまして。エステル様を広間に送り届けたその足で、ここに戻って参りました」
「そうか。エステルは、何と言うか……その……昔とかなり違う雰囲気がするのだが」
「フェリクス殿下の仰る通りです。あのように派手なお化粧をしたり横柄な態度になられたのは、一年ほど前からだったと思います」
なるほど。初めからああだったわけではなく、きっと何かのきっかけがあったんだな。
「エステル様が十七歳になられた時、ダンシェルド国内で社交界デビューをなさいました。今とは違って当時はエステル様も清楚で、可愛くて、優しくて、素晴らしい女性でしたから、国内の色んな貴族男性から引く手数多になってしまいまして……」
「……イルバート。なんとなく言葉の端々に悪意を感じるぞ」
「滅相もございません! 大変失礼しました。とにかく、当時はエステル様も大変だったのです。あの日、セイデリアからダンシェルドに戻った日からずっと、エステル様はフェリクス殿下のことだけをお慕いになっていました」
エステル……僕と離れ離れになってから何年も経っていたのに、僕のことを慕ってくれていただって?
十二歳の頃の可愛らしいエステルの姿を思い出し、思わず両目が潤む。
……ダメだ、今はイルバートの話をきちんと聞かなくては。十二歳のエステルじゃない、さっきの十七歳のケバケバ王女エステルの姿を思い出せ!
すると、一気に涙が引っ込む。
「エステル様は、ずっとフェリクス様のことをお慕いになっていました」
「うん、それはさっきも聞いた」
「…………報告は以上です」
「はあっ?!」
え?! きっかけは?
社交界デビューした頃には清楚で可愛くて優しかったエステルが、あんなんになっちゃったきっかけは?
そこが大事なんじゃないのか?
「まさかイルバートも、なぜエステルがあんな風に変わってしまったのかは分からないということなのか?」
「その通りです。とにかく、一年前に突然、あのように変わってしまわれたのです」
庭園の暗闇に、僕のため息が解けていく。
……しかし、ものは考えようだ。
前向きに捉えれば、彼女がエステル・ダンシェルドで間違いないということが確認できて良かったじゃないか。
僕が長年想像していたような美しい再会にはならなかったけれど、もうそんなことはどうでもいい。過ぎた話だ、忘れよう。
僕は、もう一度エステルと向き合ってじっくり話をしようと決めた。
いくら外見が変わったって、人間の本質は変わらない……はずなのだから!
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