エピローグ

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エピローグ

 僕がエステルに婚約を申し込んだあの日から、更に一年が経った。  最近アンドリュー兄上には、六人目の子供が産まれたんだ。女の子ばかり五人続いた兄夫妻だったが、なんと六人目は初めての男の子!  やっと生まれた男の赤ちゃんに義姉上(あねうえ)はホッと胸を撫で下ろしていたけれど、僕は第一王女のスザンナあたりが女王になる姿を見たかったなと思う。  スザンナは、第二王子の僕なんかよりもよっぽどしっかりしているんだ。  次々と生まれる四人の妹たちを取りまとめて優しく面倒見ているのは、いつもスザンナだ。  スザンナがいるから、義姉上が第六子のアンソニーに付きっ切りになっていても、妹たちは寂しがって泣くこともない。  まだ自分だって子供のくせに、スザンナはよくやっていると思うよ。  実はそのスザンナ。  今や、悪役令嬢エステル様の大ファンになってしまったらしい。  妹たちの世話に疲れると大好きなエステルと一緒に部屋にこもり、二人してお化粧をし合って楽しんでいるようだ。  エステルの真似をして厚化粧をし、高笑いをしながら王城内を闊歩するスザンナは、今やこのセイデリア城の名物になった。  スザンナが悪役令嬢に変身すると、もれなく他のチビたちもスザンナの後に列になって付いて行っている。まるでムカデのようにね。  本家悪役令嬢のエステル様の方は足が遅いから、スザンナに追いつけなくてムカデに参加できないんだけど。  僕は、一生懸命お尻をフリフリしながらスザンナを追いかけるエステルが可愛くて、いつも彼女を柱の陰から眺めている。  尻を振るのを止めれば間に合うんじゃないか? とか、色々思うことはあるよ。でもそんなことがどうでも良くなるほど、このセイデリア王家に溶け込んでいるエステルが可愛くてたまらないんだ。  そんなエステルに憧れるスザンナの将来も楽しみだけどね、ある意味。  そんなこんなで再びセイデリアで暮らし始めたエステルは、我がセイデリア王家での暮らしを楽しんでくれていると思う。僕たち二人の結婚も、改めて両国の間で正式に認められた。  もちろん僕は、エステルにもう一度プロポーズしたよ。  結婚して欲しいと言った僕の言葉を聞いて、頬を薄紅色に染めたエステルの顔が忘れられない。  僕はこれからずっと、こんな可愛いエステルを見つめていたいと思っている。  さあ、今日は僕とエステルの結婚式だ。  純白のウェディングドレスに身を包んだエステルと対面するため、僕はエステルが待つ控室に向かった。  ダンシェルドから贈られたお祝いの花々に囲まれて、エステルは控室の真ん中でポツンと、椅子に座って待っている。 「エステル、そろそろ時間だ。教会に向かおう」  照れと緊張で声も出ないのか、エステルはガチガチのまま無言で立ち上がった。ヴェールで隠れて表情は見えないままだが、恐らく相当緊張しているんだろう。下を向いたままぎこちない動きで僕の腕を取る。  あっ……つねらないで、そこ。  二の腕の裏はちょっとお肌が弱いんだってば。元はと言えば君のせいなんだけど。 ◇  両国からの結婚式参列者に見守られながら教会で永遠の愛を誓い、ついに誓いのキスをすることになった。僕はエステルにキスをするために、彼女の顔に深くかかるヴェールをそっと上げる。 「エステル……愛して……る……ぅほっ?!」 「ふふ……! あーら、フェリクス殿下! すっとんきょうな声をあげて、一体どうなさいましたの? まさかまさか、緊張なさってます?! 殿下ったらお可愛らしいのね! どうぞ、一思いにココにブチューっといっちゃってくださいませ! オーホッホッホ!!」  ヴェールの下から現れたのは、いつもの可愛らしいエステルではなく、悪役令嬢エステル様の方だった。  ……だけど、まあいいや。  緊張をやわらげるためにわざわざ悪役令嬢モードでやって来たのかと思うと、やっぱりエステルは最高に可愛いんだから。  拍手に包まれながら、僕はエステルの誓いのキスをした。 「まあ、フェリクス殿下! お口にべっとり口紅がついてらっしゃいますわよ。第二王子ともあろう御方が、随分と滑稽ですのね!」 「エステル、ぜひ今日の夜はノーメイクでお願いしたい……」 「オーホホホホっ! 検討しておいて差し上げますわ! さあ、フェリクス殿下。皆さまがお待ちです。行きますわよ!」  ――セイデリアとダンシェルド。  僕たちの結婚式を一目見ようと両国から集まった大観衆の前で手を振るために、悪役令嬢エステル様はいつものように尻をフリフリしながら、歓声の前に手を広げて飛び込んでいった。 (おわり)
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