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第一章 ― 辰彦、閻魔帳と邂逅す ―
満月が中天を照らすころ、ひとりの童が仙人の屋敷の屋根へと降り立った。
名は辰彦。齢十の彼は町の大火で親を喪い、そこからずっと盗みを生業として生きてきた。
人の道にもとる、地獄行きだと陰日向に囁かれたが、親も身よりも失った童がひとりで生きる方法に正しきも悪しきもなかろうと、辰彦はその快足を活かして盗みを続けた。
口やかましく言うだけで手を差し伸べるわけでもない、暇つぶしの娯楽になどなってやるつもりはなかった。
見張りは数こそ多けれど、数が多いことにかこつけてそれぞれの目は節穴ばかりだ。誰かが見ている、そんな考えであくび混じりに立っている。辰彦にとってはただ立っている人形と変わりなかった。するりと死角へ滑り込み、まんまと中へと入り込んだ。
中では男どもの笑い声に器物の合わさる賑やかな音が響いていた。今宵は町の仙人が集まって不死を祝う酒宴が催されているのだ。
この町は「不死の町」と呼ばれている。この町に住み、修行を重ね認められた者たちは仙人となる。
不死の肉体を持ち、いくつもの術を操る存在。それが仙人だ。
辰彦の両親も、不死の噂をきっかけとして辰彦を連れ、この人里離れた町へと移り住んだ人間だ。
辰彦は賑やかな宴の様子に小さく舌打ちをした。彼ら不死の者たちは、不死者になろうとする人々からあらゆるものを取り立て贅沢三昧な暮らしをしている。
辰彦が親を喪った大火のときも、彼らは何もしてはくれなかった。本当に不死だというなら、死を持つ命を助けてくれればよかったのにと、辰彦は彼らを心底恨んでいた。
辰彦が仙人たちからしか盗みを働かないのはそれが理由である。
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