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屋敷の地図までは手に入れられなかった。辰彦は人目を忍びながら館の中を駆けていく。時に屋根裏に、時に柱の陰へと隠れながら歩みを進める。ここから持ち帰ったものを闇市で売りさばけば、もう少し生き延びる事ができる。
守る人間が多いほど、貴重な宝が収められている場所だ。通路の護衛は屋根裏を通れば気づかれない。扉の両脇に立つ護衛には、数時間昏倒させる毒を塗った針を首へ突き刺した。
今日の仕事も楽なものだ、と辰彦は扉を押し開く。
そこは多くの書物を収めている書庫であった。壁一面を書棚が覆い尽くしており、書見台がひとつ置かれている。辰彦は顔をしかめた。
書はたしかに高価だが、それでもすぐに金に変えられるかと言われれば否だ。
辰彦は文字を読めない。この町で文字が読める人間といえば、不死の存在を目指して修行をしている者たちくらいだ。
ここは屋敷の最奥にあたる。ここまできて何も手柄を持ち帰れないのはあまりにもむなしすぎる。
書見台の上には一冊の書が置かれている。背を紐で綴じられた書物だ。
少しは飯の種になるものか、と辰彦はその書物を手に取った。
『小汚い手で触るでない‼ 愚か者が‼』
脳内にこだました『声』に、思わず辰彦は本を取り落とす。とっさに壁際に寄り、あたりを見回す。誰かに見つかったのではないか。それならばすぐにこの場を去らねばならない。稼ぎはなくとも、何より大事なのは己の命だ。
『これ‼ なんと無作法な悪童よ‼ 落とすでない‼』
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