オレハン 第15話

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第15話 そして決戦へ  そして一週間後、ドラゴンとの決戦の日がやってきた。今の時間は深夜。的の小さい自分たちのほうが、暗闇が味方をすると考えたためだ。  5人は今、鳥類のビーストの襲撃に備え、光学迷彩を搭載したエアカーに乗り、ドラゴンのいる鳥河山(ちょうかさん)の元へと向かっている。  誰もが緊張しており、車内の空気は重い。ハンドルを握る空護さえも手に汗をかいている。そんな空気を破ったのはもちろん、助手席に乗っていた敏久である。 「ははは、流石のお前らでも緊張しているみたいだな」  敏久の豪快な笑い声がエアカーに響くが、皆緊張で顔がこわばり笑えない。 「かつて天災とも呼ばれたビーストだ。強さも未知数。今まで会ったことのない強敵だ。だがおれは、勝てない戦いにお前たちを巻き込んだりはしない。俺達なら勝てると信じてるから、飯田の話を飲んだ。自信を持て、お前たちは強い」  敏久の言葉に根拠はない。それでも、敏久の迷いない力強い言葉が勇也達に勇気を与える。  勇也は緊張を逃すように大きく息を吐く。そしてブレイクアックスをぎゅっと握りしめた。 「はい。絶対に倒します!」  自分を鼓舞するように、勇也は強い言葉を選ぶ。  勇也の声で、エアカーを漂っていた重い空気が霧散する。皆の強張っていた体が、程よくほぐれていくのを感じた敏久は満足げにうなずいた。 「おう、その意気だ。じゃあ最後に、作戦を確認するぞ。まずはドローンで事前に運んでおいた小型爆弾の起爆させ、ドラゴンを起こす。ドラゴンが目を覚まし、地上に出てきたら、大神と中田の空中戦部隊の出番だ。翼を切って、飛行能力を奪ってやれ」  地中にいるドラゴンを倒すのは難しい。地面が邪魔でマナ砲では絶命まではいかず、ドラゴンの致死量の爆弾を運ぶのは、量が多すぎて不可能であるからだ。従って、寝ているのを叩き起こし、混乱しているうちに奇襲をかけるという方針となった。敏久はこれを「寝起きドッキリ作戦」と命名しようとしたが、龍介に却下されている。 「はい!」 「承知しました」  空中部隊の要は、空護である。清美はジェットの扱いは上手いが、マナがなくヴァルフェを使う余裕がない。そのため、清美は囮となり、主力の空護が翼を切るという算段だ。 「翼を切ったらオレと清水の地上部隊だ。オレが囮になるから、清水はドラゴンの首を落とせ。手段は問わない」 「お任せください!」  お前に囮はいらないんじゃないだろうか…、と空護は思ったが口を閉ざした。ドラゴンの攻撃が敏久に集中しているのなら、その隙をついて首でも足でも掻っ切ってやればいい。 「そして遠距離部隊、潟上。空中でも、地上でも、仲間がピンチの時にはバズーカでフォローを頼むぞ」 「はい。必ずや期待にお応えします」  昌義は恭しくお辞儀をする。 「よおし、お前ら。俺達はドラゴンに勝って、全員の明日を勝ち取る。最後まで油断すんじゃねえぞ!」 「おー!」  敏久の掛け声に他のメンバーが声を合わせた。 「目的地まであと5分です」  空護の冷静な声がスッと入る。  勇也はチラリと斜め前にいる空護を盗み見る。ローブがないおかげで、凛々しく引き締められた横顔と、ピンと立っている耳が良く見える。  好きだな、と改めて思う。一番好きな顔は笑った顔だが、他の表情だって空護なら何でもすきだ。だから空護を失いたくない、と勇也は覚悟を決める。  ドラゴンとの戦いまで、あとわずか。  ドラゴンが眠っている鳥河山は、一見普通の山だった。針葉樹広葉樹問わず木々が生い茂り、笹などの下層植生も確認できる。今宵は明るい月が出ており少し明るいが、皆は念のため暗視スコープをつけている。 「ここはデンジャーゾーンだ。いつ他のビーストがやってくるか分からん。さっさと立ち位置について、ドラゴンを起こそう。ドラゴンが起きれば、他のビーストはやってこないだろうしな」  空中部隊の空護と清美が前、少し下がったところに敏久、昌義、勇也が待機する。  後方の敏久がカウントダウンを始める。 「1分前」 清美が小さく、空護に話しかける。 「あんたは、何があっても羽を切ることに集中しなさい」  清美の本心を空護は上手くくみ取れない。ただ、清美の目が真剣だったから、空護はただうなずいた。 「5,4,3,2,1、0!」  空護の耳に、地中深くで爆発する音が届く。何かが暴れる音がしたかと思うと、空護達の前の地面が盛り上がり、巨大な生物が飛び出してくる。  30mはある巨体、薄く大きな羽に、鋭い爪を持った4本の足、硬質そうな黒い皮膚。  絵に描いたようなドラゴンだった。地が震えるほどの叫びを上げながら、ドラゴンは空へ向かって行く。 空護達も追うように空へ飛んでいく。 しかし、ドラゴンの加速力はすさまじく、空護達がジェットにめいっぱいマナを込めてもその差は縮まらない。 ―――やっかいだな  空護は小さく舌打ちをする。ドラゴンの身体能力はシミュレーター以上で、その実力を侮っていたようだ。  2人はドラゴンの死角になるように空を飛ぶが、殺気に気が付いたのか、ドラゴンはくるりと空護達の方に向いた。  ドラゴンは鋭い爪のついた右手を振りかぶり、空護達を襲う。  その攻撃は、風圧だけでも飛んでいきそうな勢いだったが、空護も清美も何とか躱すことができた。空護はドラゴンの死角になるよう躱すが、清美は敢えてドラゴンに近寄り、視線を奪う。 「こっちだよ~」  清美はドラゴンをからかうように手を振る。それはまるで、ウシに布をふる闘牛士のようだった。ドラゴンの攻撃を躱せるぎりぎりの距離を保ちつつ、空護が攻撃しやすいようにドラゴンを誘導する。一瞬の油断も許されない時間だった。 「残念、はずれ」  綱渡りの状態であることを悟らせないよう、清美はおちゃらけた笑みを絶やさない。そのはったりがドラゴン相手に意味があるのか分からないが、仲間を焦らせないようにするために必要だった。  気が付かれないように、空護の様子を伺う。  空護も何回か攻撃を仕掛けているが、ドラゴンの危機察知能力が高いのか、寸でのところで躱されてしまう。空護の焦りがその顔に滲んでいる。ドラゴンの注意が空護に行くたびに、清美が近づいて気を引いているが、いつドラゴンが清美に攻撃力がないことに気が付くか、気が気でないのだろう。  また、ジェットのマナの消費量は、彼女がいつも使っているヴァルフェールの何倍もあるため、清美がジェットを全力で使えるのは10分にも満たない。清美の体力の限界が空中戦の時間制限だった。   「はあ、はぁっ」 ―――そろそろまずいわね  清美の息が上がり、集中力も切れ始める。空護の攻撃は当たらず、このままでは、ドラゴンの攻撃が清美に当たるか、体力切れで落下するかのどちらかになってしまう。 ―――できればやりたくなかったんだけどなぁ  危険を伴う手段なのは重々承知だ。しかし、ただ落ちていくくらいなら、一握りのチャンスにかけてみたい。  清美は、勇也達の方を振り返りにこりと笑う。それを見ていたのは、視力強化のヴァルフェールを使っていた昌義だけだった。  清美の考えを受け取った昌義は、何も言わずにバズーカを構え始める。  清美は、ジェットにマナを込めるのを止め、重力に従い落ちていく。 「中田先輩!」 「中田ぁっ!」  勇也と敏久は清美の元へ駆けていく。 「清水、中田はオレに任せて待機しとけ。中田のことだ。タダでは落ちんよ」  共に駆け出した勇也を、敏久が止める。勇也は何か言おうとしたが、無理矢理飲み込んだ。    一方ドラゴンは、好機だと思ったのか落ちていく清美を一目散に追っていく。空護はその上から1人と1匹を見下ろしていた。  自分のせいで清美が体力切れになったのだと思い、自責の念にとらわれ、動けなくなったしまった。 ――オレのせいで先輩が… 大事にしたいなどと言いつつ、結局はこのざまだ。手など抜いていない。邪魔なローブは最初から取っている。それでもだめだった。空護は自分のヴァルフェ、竜巻をぎゅっと握りしめる。 動けなくなった空護に喝をいれたのは、清美だった。 「大神!」  たった一言だけだった。その声に呼ばれて空護が清美を見れば、その瞳は強く輝いている。 まだ、終わってなどいなかった。 空護は、少し前の自分を恥じる。自分のためにここまで来てくれた皆が、簡単に諦めるわけがないのだ。空護はジェットにマナを込め、急降下する。重力も味方につけた空護のスピードは、神速というにふさわしい。ドラゴンが清美に届くのか先か、空護がドラゴンに届くのが先か、明暗を分けたのは、一発の砲弾。 「後輩が作ったチャンスを、見逃すわけがないよね」  清美の笑顔の真意をすぐに見抜いた昌義は、バズーカの標準を獲物に夢中になっているドラゴンに合わせる。ただ当てればいいのではなく、全生物の急所、目に命中させるために集中力をそそいだ。  これ以上のタイミングはないというところで引き金を引く。 まぶしいバズーカの砲弾は、ドラゴンの目に当たり、ドラゴンは悲痛な叫びをあげる。 「ぐぎゃああああああ」  ドラゴンの動きが止まる。空護の刃が、ドラゴンに届いた。まばゆい刃をドラゴンの羽に振り落とす。  空護の手により、目にもとまらぬ速さで、ドラゴンの羽は切り刻まれた。バランスの取れなくなったドラゴンはなすすべなく落ちていく。 ――ざまあみなさい  清美は悪い顔で笑うと、体を小さく丸め、最後のマナをジェットに込める。一瞬しか持たなかったが、幾分か落下の衝撃は和らぐだろう。死ななければ、ポケットに詰めた回復薬でなんとかなるのだから。  清美はいずれ来る衝撃に備えようと目を閉じる。訪れたのは硬い地面の感触ではなく、ぬくもりを持った人の柔らかさだった。 「ぐっ…。セーフ!」  清美を受け止めたのは、汗や草葉でまみれた敏久だった。 「班長!」  敏久はゆっくりと清美を下ろし、頭をぽんぽんとなでる。 「中田、よくやった。お前はエアカーに戻り、いつでも出発できるよう待機してくれ」  マナの切れた清美に、遠まわしに休めという敏久の優しさが、じんわりと滲む。 「承知しました」  清美は敏久の指示に従い、ビーストに気を付けながらエアカーに戻る。 「ここからは俺達の出番だからな」  耳を刺すようなドラゴンの鳴き声がする。敏久は、祭りに遅れてたまるかと言わんばかりにかけ出した。
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