文庫本が繋いだ、初恋物語

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千春(ちはる)、ごめん、お待たせ」  誰もいない放課後の教室、現実逃避していた私に声がかかる。窓から射しこむ西日に瞳を細めた視界には、ポニーテールに髪を束ねた夢来(ゆら)の姿。慌てた様子で手招きする彼女の元へと近づくと、シュシュで束ねた私の髪に触れ、手際よくそれを外し強引にポケットへと押し込む。 「千春、こっちの方が絶対可愛い」 「あ……、ありがとう。 あっ、本、取って来る」  机上に置き忘れた文庫本。夢来は大切な物語との縁を引き裂く様に叫ぶ。 「時間ないから!」  そして、力強く私の手を引き廊下を駆けてゆく。  左右に揺れる彼女の後ろ髪は、甘い香りを拡散させながら白肌のうなじを露出させ、同性の私ですら憧れを抱いてしまう。そう、いうなれば恋愛小説に登場する可憐で、スタイルがよく笑顔が素敵な少女。そんな彼女が毎週水曜日、私を下校に誘ったのは二ヶ月前のことだった。  
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