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憧れの江田さんが婚約したと聞いた時、私の恋はもう終わりだと思った。
江田さんへの思いを絶って、別の男性との出逢いを探そうと心に決めた。
それなのに、私は江田さんと毎晩を共に過ごしている。
結婚式の直後、奥さんの仕事が忙しくなり、帰りが深夜に及ぶようになったらしい。
新婚間もないのに気の毒な話である。
どれだけ真っ黒な勤務先なのだろう。
それはともかく、江田さんと仕事終わりに食事に行った時、私は江田さんを誘った。
戸惑いながらも江田さんは誘いに乗った。
こうして私と江田さんは、所謂「不倫の関係」に陥ったのである。
奥さんの仕事が落ち着き在宅勤務に切り替わってからも、江田さんは私との関係を絶とうとしなかった。
奥さんの妊娠が発覚すると、江田さんはますます私との時間を優先するようになった。
理由を聞くと
「家事だけしかしない女より、バリバリ働きながら俺との時間を優先してくれる君に魅力を感じる」
そう答えてくれた。
私は江田さんの為に高級エステの会員になり、月に二度は美容院とネイルサロンに通っている。
江田さんの為に常に美しくありたいと、自分磨きを欠かさない。
一方の奥さんは、妻の座に甘んじて、毎日ぐーたら過ごしているに違いない。
妊娠してお腹が大きくなってからは、それを理由に一日中ソファに横になり、たまに戻る江田さんを良い様にこき使っているのだろう。
そんな女より、私と過ごす方がいいに決まっている。
私は江田さんが家に帰りたくなくなるように、美に時間をかけるようになったのである。
それでも江田さんの休日は奥さんのものだ。
「休日出勤」
「取引先との食事」
などの口実を設けても、限界がある。
江田さんとの関係を長く続ける為にもたまには彼を奥さんに返さなくてはいけない。
尚且つ、奥さんは現在妊娠後期である。
その日の土曜日も江田さんに会いたいのを我慢して一人の休みを過ごしていた。
だけど、カフェに行っても映画を観ても楽しくない。
こうしている間にも、江田さんは奥さんと過ごしている。
そう思うと腸が煮えくり返りそうだった。
江田さんも、今頃私に会いたくて会いたくて、顔で笑っても心で泣いているだろう。
私達をこんなに苦しめている女の顔を見たくなり、私は江田さんの家の最寄り駅に行った。
「嘘でしょう」
最寄り駅で江田さんを見て、呆然とした。
彼は隣にいるのは、幸せそうに微笑んでいる美女だった。
化粧をしていないけれど、それはお腹の赤ちゃんを思えば当然の事である。
だけど髪をきれいに結い上げシワ一つないシャツを着て、清潔感がある。
髪を振り乱して家事と在宅の仕事をしている所帯染みた女を勝手に想像していたけれど、それと真逆の人だった。
こんなに美しい妻がいるのに、江田さんはどうして私と関係しているのだろう。
私の中で何かが弾けた。
江田さんの事は忘れよう。
まずは仕事を辞めよう。
今までのスキルを活かして転職するもいいし、実家に戻って家業を手伝いながら婚活に励むのもいいだろう。
私はまだまだ若いのだ、妻帯者に縛られるなんてもったいない。
吹っ切れて、何か気分がいい。
江田さんとの過去を消すべく、記録がすべて残っている携帯を駅前の噴水に投げ捨てた。
だけど気分が良かったのはそこまでで、捨てた瞬間、両肩に重い荷物を背負った感覚に陥ったのであった。
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